あれから数日。狐火は老人と暫く寝起きを共にしていた。老人の名前は平介というらしい。記憶がない狐火に事ある毎にあれは何だこれは何だと訊かれ、不思議に思っていた彼も、何か察したのか追及するようなことはしなかった。


『爺さん、兎穫れたぞ!』


「じゃあ、兎汁に…」


『あぁ、真っ白い毛を血に染めて、喰うっちゃろ?』


「生々しいわ!!」


『焼いたら、さっきまで必死にもがいとった匂いが!』


「どんな匂い!?てか罪悪感んんんん!!!」


『隠し味にはなんと!ウチらに喰われるとゆー悲劇のスパイス入り!!』


「すぱいすが何なのか分からんが、さっきから表現重いのは何故!!!嫌がらせか、新手の嫌がらせなのか!?」


というより聞く時間がないといった方が的確である。




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『…織田軍侵攻?』


「うむ………。」


平介が唐突に切り出したのは何とも不穏な話だった。狐火には必要最低限の知識は残っていたが、流石に戦国武将の名前は覚えていなかった。このままでは、戦乱の世は生きていけない。そう思った平介が此処数日、狐火に全国の勢力を教え込んだので、ある程度は覚えていた。

小田原に不動の居城を構える北条氏政。傭兵・伝説の忍・風魔小太郎。

奥州の独眼竜・伊達藤次郎政宗、その右目・片倉小十郎景綱。

越後の竜・上杉謙信。またの名を軍神。

甲斐の虎こと、武田信玄晴信。一家臣には虎若子・紅蓮の鬼と呼ばれる真田源二郎幸村。またその配下に甲賀出身の戦忍・猿飛佐助。

尾張に座する第六天魔王・織田上総介信長。その妻・濃姫。配下に森蘭丸・死に神こと明智光秀。

三河には徳川家康、戦国最強・本田忠勝。

加賀を鎮は戦国最強夫婦・前田利家、まつ。二人の甥であるが、継ぐという事はせず、全国を股に掛ける風来坊・前田慶次。

大阪には覇王・豊臣秀吉。其れを支える豊臣の軍師・竹中半兵衛。

安芸は西に智将・毛利元就。

富岳を海へ行けば西海の鬼・長曾我部元親。

最南端、薩摩には鬼島津こと島津義弘。






これだけの人物達が天下をその手に掴まんと虎視眈々と目を光らせているのである。



狐火には不思議でたまらない。何のために、誰のために、其処までしなければならないのか。





何故、呟いた言葉はするり、風へと溶け込んで。



『…行かないかんなぁ。』



"あんたらに逢いに"





曇天の、弁天の、



(氷雨を纏いて、)
(眼を眇むるは、)



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