『…此処か?』


ぴたりと足を止める。辺りには、ぽつり、ぽつりと小屋、基、家が建っていた。ゆっくりと歩を進める。其処は最早、"村"と称するには値しない。狐火はあまりの寂れ具合に驚きを越え、只、呆然とするだけだった。



(人は…居らんな。)

この集落は、そこそこ広さがあるようだったが、何処からも今、生活しているような痕跡は見あたらない。それどころか、人っ子一人の気配もないのだ。一体この爺さんは今まで、どうやって生きていたのか。狐火は背中で気を失っている老人を振り返る。



(血は止まっとるな。)


あれから、暫く狐火の頭を撫でていた彼だったが、血を流しすぎたのか不意に無言になったと思うと、がくり、と背中にもたれかかってきたのだ。気を失った人間は、力が抜け、全身の筋肉が弛緩する。その時程重いものはない。身体能力が上がっている彼女にとっては、重くも何とも無いようだった。だが、流石に手当ても何もしていないのでまずい、とその能力を生かし、狐火は老人に教えられたとおりに、此処まで遣って来た。



(取り敢えず、手当てせなんやな。)


きょろきょろ、辺りを見渡し、入れる所を探す。と、今自分が立っている所から百メートル程離れた所に窪みが見えた。



(………?)


そろそろと近付いてみる。すぐ近くまで寄ってみて。

と、


(水溜まり…。)


黒く陰をつくって窪んでいたのは、水溜まり。大方雪解け水だろう。ふ、と見上げるとその隣に巨大な一本杉が聳え立っていた。枝先からは雫が滴り落ちている。どうやら水溜まりが出来た原因は、此のようだ。

(お、手当てに水は使えるな。)


ポン、とばかりに閃いた彼女はちらり、と後ろを見やり、一番近くの小屋へと足を向けた。







*********







「う…。」


『!起きたか、爺さん。』


「あぁ、…嬢ちゃんか。」

狐火はごそごそと老人の傍らにつく。起き上がろうとするのを手で制し、寝かす。この小屋に充分な蒲団など無かったが、何とか彼方此方に散らばっていた布切れをかき集め、床を作っていた。


『…なぁ、この村ってどうなっとるん?見てきたっちゃが、誰も居りやせん。…爺さんあんたどうやって生きとったん?』


起き抜けに悪いが、訊かずにはいられなかった。あの廃れ方は尋常ではない。今、この時代に何が起こっているのか。

そう、訊かずにはいられなかった。




「……逸惹狼様じゃ。」


『、逸惹狼……?』


「それはそれは、おぞましい。災厄のお遣いじゃ…。」


語り侍りぬ、故翁。






追憶、忌まわしき



(ちゃか、ちゃん、)
(手を叩き、)



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