ざわり、と肌が粟立った。目の前の黒がぴた、とその場の地に足をつける。その隣には、白の雪ん子。さぁ、役者は出揃った。




逸惹狼の舞台初め。





目の前に広がった光景に図らずも目を見開く。仁王立ちに立っているのは、自身の身の丈以上の大槌を持った、この白銀の世界に愛されて生まれたかのような女童。くるり、と大槌を軽々持ち上げ、声も高らかに此方へと叫んだ。


「来ただな!悪いお侍は成敗してやるべ!」


気合いも十分。両手で振り上げ、かなりの重量の槌がドズゥゥン、と音を立てて辺りの雪を吹き飛ばした。いや、ちょっと待て。



「Just kidding…!まさか、あの餓鬼が、」


到底考えすら頭に浮かばなかった。一揆の首謀者があんな女童とは。それだけではない。その童の周りにはバサラの力と思しきものまである。先程までの一揆衆とは明らかに力量が違うと見て取れた。同時に悲しくなる。此処まで自分達は彼らを追いつめていたのか。目の前で意気込む彼女は心なしか泣いている、ようで。一気に迫った大槌をガギン、と鈍い音と共に受け止めた。重い。恐らく人を殺すなど考えてはいないのだ。小さな手から穿たれる一撃、一撃にひしひしと思いが伝わって。


「、なして戦をするだかぁ!」


張り裂けそうに雪の静けさの中、少女の悲壮な声が木霊する。かち合わさった瞳には、見る見るうちに透明な雫がせり上がってきた。ああ、違うんだ。己は戦うために、殺すために此処へやってきたのではない。そう、ただ、



「えいや。」


ゴグン。


なんだか鈍い音が頭に響いた。じんじん、と痛む側頭部を押さえながら一体なんだとそちらを睨む。そこにいたのは琥珀に煌めく双眸を獰猛な光に染めた、一人の少女、若しくは女、と云えるのだろうか。腰に片方の手を当て、何かを投げたであろう体勢のまま、ジト目で仁王立ちに立っていた。


「泣かしたらいかんめぇが(駄目だろう)。」


雰囲気を読まない、とはこのようなことを云うのだろう。場違いな正論だ、と唖然としながら漠然とそう思った。対照的に先程まで大槌を振り回していた幼い少女は、姉ちゃん!と驚いたように小走りで近寄っていく。姉、にしては似ていない。黒髪に琥珀と白銀の世界に相応しい色合いの少女。寄り添う姿は仲睦まじい。そう思えた。不意にぱちり、と琥珀の瞳と知り合う。


「えー、初め、まして?」

先程己に向かって啖呵をきっているためか反応に窮したのか、此方に返ってきた言葉は些か間が抜けている、気がして。くつり、と洩らした笑い声はきっと己のもので間違いないはずだ。




暁に眩む



(淡く微笑む、)
(悪戯に、)



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