ふにり。

『…え、と。』


「狐のねぇちゃん、あったけぇだなぁ。」


もふもふ。


『あー、と。…そうか。』


ふよふよ。


『…いつき。』

「うん?」


もにもに。


『胸、そんなあったかいんか?』


「んだ!」


東雲狐火、16歳。現在進行形で胸を揉まれております。うん、なんで。



*******







いつきと共に村へと行った狐火は、驚くほどあっさり、周りの人間に歓迎された。いつきが、"倒れていた。行く場所もない。"という事情を話しただけで、だ。この村の人間は、心優しい者が多いようだった。自分達の領域に他人を招き入れる。この乱世、このような行為は愚の骨頂と云えよう。だが、此処の人々は理解しているのだ。疑いだけでは何も出来ない。信じることを知っているのだ。それで生まれる心を知っているのだ。これはきっと、武士とは全く異なる覚悟を持った、彼等独自のものであると思われた。


『優しかっちゃな、皆。』

「そうだべ?みーんな、仲良しだ!」


い・つ・き・ちゃーーん!!!!!


『…アレが何なんか、気になるとこやがな。』


若干遠い目をして見やる先。其処には桃色の法被をきた、よく言えばおじさん、悪く言えばいい年扱いたおっさん。の集団。何に興奮しているのか、鼻息荒く、拳を振り上げている。正直な話、…気持ち悪いこと、この上ない。


『女は、あんま居らんちゃな。』


必死に視線を引き剥がし、いつきへと。

すると、


「狐のねぇちゃん、ホントのねぇちゃんみたいで落ち着くべ…。」


『………………………。』


胸で窒息死しそうないつきの姿が其処には有りました。


冒頭の会話は、此処からだ。








「若い女子さ、居らねだよ。」


『おおぅ。今このタイミングで答えるんや。』


「たいみ、ん…?ねぇちゃん、南蛮語喋れるだか!?」


『話訊いとる?』


「ここいらを治めてるお侍も、南蛮語を喋るって聞いたことあるだ!」


『へー。ふーん。』


突っ込むのも諦めたらしい。狐火の胸に抱きつき、体を密着させているいつき。傍から見れば、物凄い光景である。


ぎゅ。

どうしたものか、と考えあぐねている狐火に、更に、いつきがくっついてきた。



「……お侍は嫌いだ。」



不意に漏らされた本音。はたり、自分に擦りよっている幼い少女に視線を落とす。先程まで、此方を見上げていた大きな瞳は、今は、俯いている所為で、よく見えない。


「せっかくおら達が作った米さ、根刮ぎ持ってっちまう。また作っても、戦、戦で全部焼かれるだ。」


ぱちり、と。

上げられた顔に、瞳に写っていたのは、悲哀。そして憤怒。彼女は嘆いているのだ。何故、戦うのかと。何故、何故。其れだけが、今のいつきを現していた。


『、いつきには、』


感情が有るんやな。大切なもんも、有るんやな。その言葉を、狐火の頭ははじき出す。だが、肝心の部分が出てこない。ずく、痛んだ頭に呼応するように、囲炉裏の火がぱち、ち、と弾ぜた。






綻び、一つ



(向けられたそれは、)
(唯、羨望)



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