千秋、千秋。


唯一、護りたかった存在。唯一、隣に居てくれた存在。唯一、笑っていて欲しかった存在。



だって、彼女はウチのたった一人の、







妹、だったのだから。





********






未だ雪解けの気配すら見せない、深い白銀の世界を、これまた同じ色を持った幼い少女が一人、歩いていた。年は十幾何か。積もりに積もった深い雪に、呑み込まれやしないだろうか、という心配が頭を過ぎるが、膝の位置までの寒鋪が深い雪の上を歩くことを可能にしているようだ。

「…ふぅ。」


一つ、小さな雲が広がり、霧散する。彼女が歩く度に高い位置に結われた、少しばかり青みがかった銀が揺れる。


「この雪じゃ、お味噌買うのも楽じゃないべ。」

ぽつり、誰に言うでもなく呟いた。その時だ。

前方にぽつん、と黒い影。それも、よく目を懲らさないと見えない程度。熊だろうか。だが、今の時期冬眠しているはず。間違っても、侍、ではないはずだ。侍であれば、こんな辺鄙な場所に一人な筈はない。何も思い当たる節は無かった。恐らく何らかの獣だろうと践み、徐々に近付いてみる。と。


「……、人?」


輝く銀の上、闇をそのまま切り取ったかのような毛がぱらり、と広がっている。若干血の気こそ引いているものの、その雪にも同化しそうな程白い細面は、恐ろしく整っていた。死んでいるのか。だが、外傷は一切見受けられない。飢え死に、でもなさそうだ。そこまで頭を巡らせ、恐る恐る、しゃがみ込み、倒れている人間の頬に手を伸ばした。

不意に。

ぱち、と。
長い睫で縁取られた瞼が開いた。中から覗いたのは琥珀。至近距離で此方を見られて、驚く。


「うっ、わぁ!?」


慌てて後ろへ跳び後退る勢いで、足を引くと、

べしゃっ。



転けた。


「………………………。」

『………無事か?』


痛いべ。



********






「ねぇちゃん、狐火っていうだか?」


さくり、と先程よりも深くなった雪を踏み締めながら、歩く二つの人影。

『ん。狐火。』



片や、漆黒の髪に琥珀の瞳。狐火である。もう一人、狐火の胸あたりまでの背丈に、青みがかった銀髪。


「おらはいつき、って言うだ!」


にぱっ、と愛らしい顔立ちを綻ばせたのは、独特の訛りの少女、いつき、と云うらしい。


「狐のねぇちゃんは、何処さ行くんだべ?」


『狐のねぇちゃん?』

聞き慣れない呼び名に、思わず言葉を鸚鵡返し。すると、


「…嫌だったべか?」


心なしか、高い位置の髪がしょんだれた…ように見えた。狐火は無表情だが、内心、隣を歩く少女を撫で繰り回すべきか、否かの葛藤を繰り広げていた。基本、動物が好きなのだ。狐火の場合、いつき=動物という認識を変えた方が良さそうだが。


『んにゃ。新鮮でよかよ。』


ふわり、と大分低い位置にあるいつきの頭を撫でてやる。瞬く間に笑顔が戻る。何とも微笑ましい光景だ。


『さっきの質問やけど、今んとこ何処も行く宛はなか。』


「なら、おら達の村さ来たらいいべ!」


即、名案だ、と言わんばかりのキラッキラした目で此方を見上げてくる。一体、何処の要素で気に入られたのだろうか。だが狐火も、特に行きたい場所などない。親切にしてくれているのだから、断る理由もない。



こうして、狼と女童は、道を往く。





舞いて、落つる




(降ってきたのは、)
(小さな雪で、)



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