ぐらつく頭を支えながら、何とか視線を上へと向ければ、












わぉ、893やん。














あの子って、誰、?

頭がうまくまわらない。ただ、守れなくて、悔しくて、痛く、て。

笑ったあの子の顔だけが、急激に遠のいていった。



光が、慣れていない目に眩しい。自分は今、何をしていたのか、わからない。ふらり、視界がブレる。
そして、




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暫し、顔を突き合わせた侭、お互い、何時、反応を起こそうかと窮していた。


「………。」


『………。』


気まずい。



『誰?何か、用か?』


とてもではないが、堅気には見えない、目の前の男。訝しげに狐火は、眉根をよく見なければ分からないほどに、寄せ、質問を投げかけた。


「てめぇこそ…ナニもんだ。その殺気、只もんじゃねぇ。」

アナタは893ですねわかります。


何故この時代に893…と思いながら、訊かれた質問に答える。


『東雲狐火。16歳。他は…、んーと、分からん。』


「分からねぇだ?矢張り何処ぞの間者か…!」


『やって、記憶無かっちゃもん。』


あっけらかんと、言い放つ。流石の小十郎も、この美女がぽこぽこ、紡ぎ出す言葉に、ぽかん、とするほか無い。


「…初対面の相手にそんな事、普通なら言うもんじゃねぇだろう。」


小十郎は、半ば呆れ気味だ。何だかおかしなヤツに声をかけてしまった。寄せられた眉間の皺から、その心情がありありと見て取れるようだった。は、と溜め息を零す。こんな所で、時間を食ってなどいられない。早いところ主を見つけ、城へと戻らなければ。この女は、捨て置いても大丈夫だろう。何せ、ここまで、緊張感とは無縁です、と言わんばかりのヤツとは初めて会った。くる、と踵を返す。そこに声が掛かった。


『誰か捜しとるん?』


「……………………。」


『えらい何でやって言いたそうやけど、そんなあちゃらこちゃら(あっちこっち)見よったら、誰でん(誰でも)何か捜しとるって、分かろうで。(分かるよ)』



女は、ひどく訛っていた。表情こそ変わらないものの、どこか、面白そうに目元を細めて、此方を見やる。


『ウチも暇やし、手伝っちゃろうか?』


「断る。何処の馬の骨とも知れねぇヤツに頼めるか。」


『でも、そっちの捜しとるのって、伊達政宗、やろ?』


瞬間、先程とは、比にならない程の殺気が、狐火へと、伝わってきた。


「何で知っていやがる…!」


『勘。』


即答だった。


********









数刻後、賑わう米沢城の城下町を、並んで歩く、男女の姿が。


女は、漆黒の肩までの髪を揺らし、きら、と光る、琥珀の瞳を持った何とも悩ましげな美女。


一方、男の方は、五尺五寸は有ろうかという高い背丈に、がしり、とした躰を持つ。頬に傷は有るものの、精悍な顔付きをした、美丈夫だ。





結局、狐火の答えに脱力しきってしまった小十郎は、彼女に同行することを許したのだ。その言葉を聞いて、狐火がキラキラした瞳で此方を見てきたので、先程までの自分の苦労は何だったのか…!彼が頭を抱えたくなったのは、言うまでもない。





「まったく、ほいほい付いてきやがって…てめぇには、警戒心っつうもんがねぇのか。」


隣を歩く彼女を横目でちら、と見てみると、彼女は、無感情のびいどろの瞳を向けてきた。


『警戒…?』


どこか侮蔑の色を含んだ声音だった。



唇の動きだけは、鮮明に記憶に焼き付いた。







研く、表裏



(垣間見える、)
(悟られないで、)



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