だから全てを捨てたのに。



ウチが死んでたら、あの子も生きていたのだろうか。


ウチの所為じゃないって、笑って、言って、くれ、た?

















身を切るような、冷たい風が吹く日だった。ウチは、何時も綺麗な笑顔を浮かべた、元気なあの子の隣にいた、と思う。


他愛もない会話。

笑うあの子。

幸せ、だった。





あの子さえいたらよかった。ウチさえいなけりゃよかった。

あの頃に戻ったように、心は、軋んで、いた。



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「全く、あの御方は…。」

未だ、靄のかかる町を、一人の男が歩いていた。左頬には一本の太刀傷。伸びた前髪を後ろへ撫でつけている。腰には、二振りの刀を提げていた。言わずもがな、竜の右目と名高い、片倉小十郎である。

はぁ、と溜め息を吐く。しくしく、胃が痛む、気がする。あれだけ言っておいたのに、また抜け出したらしい。小十郎は、此処にはいない、主の事に思いを馳せ、本格的に痛み出した胃を抑えた。


辺りはまだ、早朝という事もあり、靄がかかっている。だが、町人はいるようだ。このような早朝に、襲撃などに遭われたら、どうしてくれようか。こんどこそ、堪忍袋の緒が切れそうだった。


不意に、


ゾワリ。



苦しいほどの、殺気。
いや、威圧感、とでも謂うべきか。何者か、入り込んだか。草の者か。或いは、一廉の者か。どちらにせよ、見逃すわけにはいかない。じわりと、其方へ足を踏み出す。

一歩。

また一歩と。

確実に近付いていく。


殺気の出所は、城からそう遠くはない場所。これだけの殺気ならば、主も気付いているだろう。もう、向かっているやも知れない。歩みは何時の間にか、走りへと変わっていた。



休める事なく、町の外れまで駆ける。


見てもいないのに、畏怖の念を抱かせる。未知の存在。遂に足を止めた場所で見たものとは、



真と云うべき美しさの、漆黒の獣であった。




繰るし、淡く




(故というやう、)
(惑えし、鳴る)




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