だから全てを捨てたのに。 ウチが死んでたら、あの子も生きていたのだろうか。 ウチの所為じゃないって、笑って、言って、くれ、た? 身を切るような、冷たい風が吹く日だった。ウチは、何時も綺麗な笑顔を浮かべた、元気なあの子の隣にいた、と思う。 他愛もない会話。 笑うあの子。 幸せ、だった。 あの子さえいたらよかった。ウチさえいなけりゃよかった。 あの頃に戻ったように、心は、軋んで、いた。 ******** 「全く、あの御方は…。」 未だ、靄のかかる町を、一人の男が歩いていた。左頬には一本の太刀傷。伸びた前髪を後ろへ撫でつけている。腰には、二振りの刀を提げていた。言わずもがな、竜の右目と名高い、片倉小十郎である。 はぁ、と溜め息を吐く。しくしく、胃が痛む、気がする。あれだけ言っておいたのに、また抜け出したらしい。小十郎は、此処にはいない、主の事に思いを馳せ、本格的に痛み出した胃を抑えた。 辺りはまだ、早朝という事もあり、靄がかかっている。だが、町人はいるようだ。このような早朝に、襲撃などに遭われたら、どうしてくれようか。こんどこそ、堪忍袋の緒が切れそうだった。 不意に、 ゾワリ。 苦しいほどの、殺気。 いや、威圧感、とでも謂うべきか。何者か、入り込んだか。草の者か。或いは、一廉の者か。どちらにせよ、見逃すわけにはいかない。じわりと、其方へ足を踏み出す。 一歩。 また一歩と。 確実に近付いていく。 殺気の出所は、城からそう遠くはない場所。これだけの殺気ならば、主も気付いているだろう。もう、向かっているやも知れない。歩みは何時の間にか、走りへと変わっていた。 休める事なく、町の外れまで駆ける。 見てもいないのに、畏怖の念を抱かせる。未知の存在。遂に足を止めた場所で見たものとは、 真と云うべき美しさの、漆黒の獣であった。 繰るし、淡く (故というやう、) (惑えし、鳴る) |