さらり、さらり。
絹糸の如き黒が揺れる。すらり、伸びた雪化粧を施したような脚が見え隠れする。踏み出す一歩は一片の迷いもなく。稍、崩した、碓氷色の着物から覗く真白の肌は、シミなど一切見受けられない。正に女神の容。時折、つぃ、と晴天の空を見上げる瞳は、月長石を埋め込んだように煌めいていた。



賑わう奥州の城下町を、視線を集めて闊歩しているのは、流れる漆黒の髪に、琥珀色の瞳を持つ美女、狐火であった。



あの時、"着物"を"見つけた"。そう書いていたが、其れには若干、いや、かなり語弊がある。"見つけた"のではない。"貢けた"のだ。偶々、その時狐火の近くにいた所謂、山賊からのものだ。どうも見つけたとき、彼等は役所の役人と小競り合いになっているようだった。そこに悪知恵を働かせた狐火は、彼等が此方に注意を向けていない隙に、一つ着物をちょろまかしてきたのだ。


彼女曰く、

『ちょろまかしとらん。借りたったい。』

らしい。


何にせよ、初めての城下に狐火はかなり上機嫌だ。視線を彼方此方へ向けては、眼を輝かせていた。周りの人々の視線は当然の如く、突然現れた、見掛けない絶世の美女に集まっている。無表情なので物憂げに何かを考えているように見えるが、その実、

(ああああああ、旨そうやのに金持っとらん…。)

食い違いもここまでくると、感心する。



*******




(食っていくにゃ、金ば稼がんば。)


通りを粗方見聞し終えた狐火は、外れの木の上に腰掛けていた。


むぅ、こけり、と唸っては小首を傾げ。


また、こけり、反対側に。


何もなしに働かせてくれる所など、そうそう無いだろう。増してや、記憶もない、身元もはっきりしない、と来れば尚更だ。平介に、"傭兵"なるものが在るということを聞いていた。城に雇われる職だ、と。だが、城と来たら、警戒心は更に強いはずだ。安定した給料を貰うなら其れが一番なのだが、狐火には如何せん無理があった。


(腹減ったな…。)


平介のところを出るときに、少しばかりの干し肉と米を貰ってきたのだが、なにしろ少量なのでがっつくわけにもいかない。狐火は此処に来るまで、二日ほど掛かっていたが、食べ物は約一日分しか食べていなかった。


ふ、と息を漏らし、傾いて空を紅に染める照日を見やる。生きるのがこれほどまでに難しいとは思わなかった。只、其処に"いる"だけならいい。だが、人とは誰かの助けなしに生きていくなど無理なのだ。其処に"在る"のならば。人で在る限り。生きている限り。保証がなければ、直ぐに消えてしまう。頼らなければ無くなってしまう。


脆弱で貪欲で浅ましい。

それでも生きていかねばならない。人間が担うこの業を背負い、立ち上がらなければならない。


だから、きっと自己嫌悪なのだ。この気持ちは。ぐるぐる、廻る、。
あぁ、自分、は。



『 』



ぽつ、言い聞かせるような言の葉は、暮れなずむ町へと吸い込まれ、。


落ちて、消えた。






千尋に触れた、


(綺麗なモノこそ、)
(朽ちるが易、)



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