トトッ、



深く茂った木の中を軽快にも聞こえる音が跳ねてゆく。


有る地点でくい、と緑の影が進行方向を変える。


(まーったく、俺様も厄介なもん、見つけちまったもんだねぇ。)



はぁ、と至極鬱陶しそうに息を吐き、視線を空に向けたのは、真田隊忍頭・猿飛佐助その人。表情は軽く考えている割には、どこか真剣味を帯びている。


原因は先程の美女・狐火。交わした言葉は数少なかったものの、忍である彼に警戒心を抱かせるには、十分であった。



あの時、何か動揺を誘えないかと言葉を掛けてはみたものの、彼女のその唇から出てくるのは、此方の質問を華麗に無視したものだった。


"何で黒くないん?"


だの


"さっき投げたん、何なん?"


だの、緊張感が一切感じられない。しかも、あれだけ早くて忍か、と思えば、苦無も知らない素振りだ。演技か、そう思った。だが、嘘を吐いている様でもない。純粋に興味津々、といった風である。


(時間外労働なんて、冗談じゃないっての。)


本来、佐助は奥州の伊達政宗のところの動きを偵察に来たのであった。偶々、森に差し掛かり、移動していたところを、狐火に出会したのである。

最初は、僅かな気配を拾い、農民か、はたまた、誤って森の深くまで迷い込んだ町民か、と思っていたのだが、気配を読み取ってみると、どうもおかしい。此方の気配に気付いて移動しているようなのだ。同職、しかも此方に気付いているのならば、相当の手練れだ。そう予測した佐助は、真っ直ぐにその気配の所へ跳んだのだ。

が。


予測は大きく外れ。其処にいたのは妙な格好をした美女。何せ脚は剥き出し、履いているのも明らかに草履ではない。



(異国…?だったら竜の旦那のところの草か。いや、長曾我部って線もあるなぁ。あれ、でもあの口調、島津が使ってたのと似てる気がするんだけど…。)



悶々、色んな可能性が考えられる。だが、一番謎なのは、あの早さ、だ。あんなに早くて今まで何の情報も入っていない。矢張り、情報も簡単に出さないほどの手練れなのだろうか。いや、でも。先程は忍の技に驚いているようだった。今、佐助が此処にいるのは、分身を使ったからなのだ。分身を使うと、彼女は何故か、キラキラ、という表現がピッタリな程、好奇心に満ち溢れた眼で、分身を追っていった。


(悪いけど、今回はゆっくりしてらんなくてねぇ。…大将にしっかり報告っと。)



す、と前方に視線を見据え、ユラリ、影と共に虚空へと消え去った。




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一方、狐火はと云うと。



『何やさっきの!おんなじのが二人居った!アレが忍かぁ!』



まだキラキラしていた。





解、別つ



(片や遂行、)
(揺れて、揺れて、)



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