紫原が現れたのは、とある日の練習中のことだった。 オレのもんに触んないでくれますか 「ミドチーン、やっほー」 紫原はお菓子を含みながら、体育館を闊歩してきた。それはそれは暑い日で、オレたちは滝のように汗を流しながら何事か、と固まっていた。突如現れた、見知らぬ巨人のような紫の髪の男が何者なのか。そんなあまりに単純な疑問。多分その時、それだけがオレたちの頭の中を支配していたと思う。けれど、真ちゃんの一言で、すぐに全てを理解した。 「紫原、どうしてここにいるのだよ!?」 真ちゃんの友達イコールキセキの世代。それはオレたちの中で常識になりつつあった。ちょっと辛辣かとは思うが、真ちゃんは正直友達を簡単に作れる気質ではない。今はわりかし丸くなったとはいえ、孤高と化していた高校生活当初を思えば、中学時代はもっと酷かったのであろう事が思われる。しかしそんな中でも、真ちゃんには仲間というものがいた。それこそがキセキの世代である。真ちゃんの変人っぷりも、キセキの世代の中では普通に馴染む事が出来る。だからオレらが知らない、真ちゃんの知り合いと言えば、キセキの世代のみだ。まあ、中学時代に何かあったようだけれども。 「ミドチンに会いたくなったんだ」 「それだけで秋田からやって来たのか、お前」 「それだけってひどいし」 それにしても、だ。先程から緩く会話を交わしているが、その、ちょっと近過ぎやしないか。真ちゃんを後ろから抱き締めるような形で、顎を頭に乗せている。口の中に消えていくお菓子の欠片が、ぼろぼろと真ちゃんの髪に落ちていった。当然真ちゃんは怒るのだが、のらりくらりと紫原はそれを宥めて鎮めてしまった。真ちゃんもあまりじとじとと叱る気はないようで、呆れた顔で紫原を放っている。そこに流れる空気はどこか穏やかで、なんだかいい雰囲気だ。 「…ホモだな」 「…ホモですね」 「まとめて轢く」 にこやかに宮地さんが愚痴を吐く。よく知らない相手にもあの態度なのか。いや、キセキだからだろうか。どうでもいいけど、こら、近いってば。性格に難がある点を除けば見目麗しい真ちゃんと、威圧感があり自己中心的な所があるが顔立ちは悪くない紫原。そんな二人がくっついていると、本当にそういう関係のように見える。皆、二人を中心にして一定の距離を開けている。そりゃそーだ、とオレは彼らに同情した。ダムッとボールを跳ねさせれば、注目の的がこちらに視線を向けてきた。およ、と見つめ返せば、何かを見定めるように眺められる。あまり気分のいいものじゃないな、と思いながらぎこちなく笑ってみる。すると紫原はきょとんとしてから、真ちゃんをより強く抱きしめて、口の端を釣り上げた。それはそれは満足げに。なんだよ、てめえのじゃねーよってか。 「独占欲ってやつかよ、うぜえ」 「宮地さん、見てたんすか」 「見てねー奴のが少ねーよ」 周りを見れば、なるほど確かに皆の視線は二人に釘付けだ。でかいし目立つからなあ。真ちゃんは慌てて紫原の腕を叩いている。しかし、さっきのは腹が立ったな。宮地さんじゃないけど、轢きたいくらいに。でも宮地さんたちも同じ気持ちらしい。背中に背負うオーラが黒くなっている。結局愛されてんだよなあ、もう。 「緑間はもううちのエース様なんですけどー!」 紫原の耳にもしっかり届くように声を張り上げる。宮地さんも後ろでガン飛ばしている。紫原は少しだけ顔を歪めた後、真ちゃんをぎゅう、と抱きしめて口を開いた。 「ミドチンはお前らなんかにやんないしー!オレのもん勝手に取ったら捻り潰すから」 大声ではないだろうに、捻り潰すというところだけやけに耳に重く残った。表情の凄みがありすぎたからかもしれない。挟まれた真ちゃんは紫原の言葉に顔を赤く染めて、何かお小言を喚いているようだった。ばか、鈍感め。きっとそれだけじゃなくて、真ちゃんが紫原を大切に思っているのもあるんだろうけど。真ちゃんに対してはふわりと表情を和らげる紫原が憎い。宮地さんが舌打ちをした。オレだって舌打ちしたい気分だ。ちくしょう。 「ねえ、宮地さん」 「なんだよ」 「負けたくねーっす、オレ」 「…そんなんあたりめーだろ、刺すぞ」 「刺されたくないんで、」 ちらり、と紫原がこちらを睨めつける。いいぜ、挑発には挑発で返してやる。 「絶対負けねえ」 オレは渾身の笑みでボールを走らせた。 |