ざわざわと騒がしい。先程まで乗っていた電車が、もう出発した。こういう所は東京とそう変わらないらしい。けれど、空気や雰囲気は、どこか澄んでいるように思えた。辺りを見回しながら、先日の電話の内容を思い出す。折角の夏休みなのだし、こちらへおいでよ。赤司のその一言で、俺は京都へやって来た。


そうだ 京都、行こう。


「京都へようこそ、真太郎」
「お前は観光大使か何かか。久しぶり、赤司」
「久しぶり」

赤司は黒の着流しを着ていた。袖に両手を収めた赤司の姿は、それはそれはよく似合っていた。しかし夏とは言えど、ここは駅の構内である。周囲は、赤司の事を異様なもののように遠巻きに見ていた。その一部に熱が篭っている事は確かだけれど。それと同時に一緒にいる俺も注目されるのは居た堪れない。それとなく、早く駅から出るよう促した。

「京都観光は任せて。玲央に色々聞いたから」

心なしかうきうきしたように赤司が笑う。玲央、誰だっただろうか。数分考えて、記憶を捻り出す。そうだ、赤司の先輩だ。確か、無冠の五将の一人。オネェという分類らしいが、よく分からない。まぁ、赤司が懐くのなら悪い人間ではないのだろう。何やら辺りを事細かに説明している赤司に、頬が緩む。先輩とは仲良くできているらしい。人の事を心配できる訳ではないが、それでも安心する。

「そろそろ僕の家だよ」
「そうか」

随分と駅から近いな。交通の便を考えての事だろうか。それを察したのか、あそこは最寄り駅なんだよ、と赤司が言った。歩いていると、次第に高い塀がお目見えしてきた。見えない所まで続いているから、恐らく酷く広大な敷地なのだろう。きっと中には屋敷がある。言われなくとも、赤司の家だと分かった。

「お前はいつも規格外だな」
「それは褒めているの?」
「勿論」

そう笑えば、赤司も楽しそうに笑った。壮大な門に迎えられ、少しだけ入るのを躊躇う。けれども先に入っていった赤司に呼ばれて、恐る恐るお邪魔した。

「征十郎様、お迎えにあがると申しましたのに!」
「僕が歩きたかったんだ、ごめんね」
「ですが……」

使用人らしき男と赤司が話している。使用人は慌てふためいている。送迎を勝手に無かった事にしたようだ。彼にとってはたまったもんじゃないだろうな、と哀れむ。後で軽く叱ってやらねば。真太郎、そう呼ばれて赤司の隣に立つ。促されるまま、荷物を使用人に渡した。彼は積もりに積もった苦労が滲み出た顔をしていた。ご愁傷様です、と心中で呟く。

「真太郎、おいで。観光だよ、観光」

いつの間にか外に出ていた赤司が、こちらに手を振る。実に楽しそうだ。

「あ、ねぇ、車を出してくれるかい?」
「へ、あ、はい勿論!」

途端に使用人が目を輝かせる。先程の挽回ができると思っているらしい。俺は思わず苦笑して、赤司に歩み寄った。

「真太郎はどこへ行きたい?」
「む……赤司はどこがいいのだよ?」
「そうだなぁ、」

やはり浮かれたように、候補をあげていく。余りの楽しげな様子に俺も段々と楽しくなってきた。車に乗り込んで、俺達は京都に思いを馳せて笑い合った。




爽やかな風が吹いている。開け放たれた襖から、美しい町並みが見えた。

「楽しかったね」

景色に感嘆していると、赤司が不意に笑いかけてきた。今日一日赤司はずっと上機嫌だった。どこに行っても、何を食べても、頬を緩ませる。心の底から楽しそうだった。例に漏れず、俺も楽しかった。京都ならではの町並みに、綺麗な着物を着た舞妓。荘厳な寺院も魅力的であった。まるで修学旅行のような観光ではあったが、とても充実していた。

「ああ、楽しかったのだよ。ありがとう、赤司」
「いいんだよ。僕は真太郎がいたから楽しかったのだし」

さらり、とそう言われて僅かに動揺する。咄嗟に顔を背けて、眼鏡を直した。顔に熱が集まってくる。恥ずかしい。

「そ、うか。それなら、良かった」
「……お前は本当に可愛いね」
「可愛くない」

可愛いよ。その言葉と共に、手を取られてキスをされた。余りに驚いて、慌てて手を引っ込める。軽く睨むが、赤司は意地悪な笑みを浮かべた。慈しむようでいて、貶めるような。

「帰したくないな」
「一泊はする、そう言ったじゃないか」
「ずっとこっちにいなよ」
「嫌だ、おい、赤司、」

じりじり、と壁に追いやられる。もう逃げられない。冷や汗が止まらない。赤司が両手を壁について、逃げ道を完全に無くした。

「じゃあ今日だけは僕だけのものでいて」

ちゅ、と赤司が首筋にキスをした。

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