「何を見てるのかな?緑間クンは」

嫌に満面の笑みな宮地が、座っている緑間の視線を遮るように立ちはだかった。その背後では光が蠢いている。

「何って、宮地さんですよ」

何をふざけた事を、とでも言うように緑間は宮地を見上げた。宮地はぴくり、とこめかみを僅かに震わせる。上目遣いに少しだけ心が締めつけられたのは秘密だ。

「それは分かってんだよ、馬鹿野郎。なんでオレのプレーを見てんのか聞いてんだよ」

そう、部室に備え付けられたテレビは、体育館を駆ける宮地を映し出していた。その鍛えられた四肢からは、汗が豪快に振り落とされている。いつもより幾分真剣な表情は、試合ならではのものであった。それを、緑間が見ていた。食い入るように、見ていた。視界を妨げている宮地を邪魔そうに除けて、緑間が画面を覗き込む。丁度、宮地がゴールを決めた瞬間だった。おお、と緑間が思わず手を鳴らす。宮地は羞恥に耐え切れず、強く机を叩きつけた。反射的に緑間の身体が震える。微かに怯えの浮かぶ瞳に、宮地は舌打ちした。

「お前、話聞けよ」
「…なんですか」
「さっきオレが聞いた事もう忘れたのかな?」

口だけで笑って緑間を見下ろすが、迷惑そうな顔をされるだけ。はぁ、と溜息を吐かれて、宮地は脳内が沸騰しそうになるのを必死で堪えた。既に両の拳は力一杯握られている。けれどここで耐えなければ、先輩という面目は丸潰れだ。大人になれ、宮地清志。自らを奮い立たせる。

「……いから、です」
「ん、なんだよ、聞こえねぇぞ」
「だから、宮地さんがかっこいいからなのだよ」
「は、」

突如、宮地の思考が止まる。今までの憤りが、嘘のように全て消え失せていた。朝の挨拶でもするような、普段通りの顔で言ってのけた。いや、それよりも、かっこいいという言葉が緑間から発せられるとは思わなかった。というか真顔すぎてこっちが恥ずかしくなる程だ。熱が顔に集中するのが分かったが、止める術が無い。羞恥という名の大きな袋がはち切れそうだった。わなわなと震えていれば、緑間が首を傾げて宮地の名を呼ぶ。宮地の頭の中は真っ白で、自分が何をしたかったのかすら分からなくなってしまった。ひたすら立ちつくす宮地を見上げて、緑間は怪訝そうに眉をひそめた。

「……お、まえ、さぁ」
「え、はい」

なんでもない、そう言えば良かったのだ。今から飛び出す事になる言葉は紡ぐ必要も、義務も、意味も無かった。もっと言えば、意志さえ無かった。けれど、自然と口をついて出てしまった。

「お前、なんでそんなに可愛いの」

――沈黙、だった。部室が静寂に包まれる。宮地も、緑間も、ただただ黙りこくっていた。視線は噛み合ったまま、瞬きだけを交わして時は過ぎていった。部室に響くのは、背後からのボールの音やバッシュの音のみ。小さな箱の中で、宮地が敵チームのエースを抜き去った。湧き上がる歓声に、ハッとする。緑間といえば、未だに放心状態だった。宮地は先程の自分の言葉を脳内で反芻する。お前、なんでそんなに可愛いの。なんで、そんなに、かわいいの。あれ、首を捻る。オレはなんて事を言ったのだろう。恥ずかしい奴だな。馬鹿なのだろうか。そうか、馬鹿か。一人思い至って、うんうんと頷いた。

(…いやいや、ちげぇだろ)

今のは完全なる現実逃避であった。だって、自分の言葉が理解出来ない。馬鹿だとしか思えない。否、そういう面ではきちんと現実を理解しているのかもしれない。ただし逃避している事に何ら変わりは無かった。宮地が必死に考えている間も、緑間は唖然としていた。どうしようもない。えーと、と目を閉じて状況を整理し始める。オレは何を言ったんだっけか、そうだ、アレだ。お前、なんでそんなにってやつだ。ふむ、相槌をうつ。どうしてそんな言葉を言ったのか。答えはそう、なんとなく無意識に。あー、そうか、そうなのか。一通り自問自答しても、宮地にはよく分からない。

「あー、のさ」
「……あ、はい」

やっと意識を取り戻したみたいに、緑間が目を瞬かせる。ウロウロと、視線が迷っている。緑間はあからさまに狼狽えていた。そんな様子に宮地はつい苦笑してしまった。

「えっとな、さっきのはその、オレの意識下で生まれた言葉ではないというか」
「え、はあ」

どうにも纏まらず、頬を掻く。

「まぁ、その、間違ってはいねぇんだけどよ。……あ、そうか、うん今分かった。とにかくお前可愛い。そんだけだ」

突拍子もなく宮地がそう言い放つものだから、緑間は再び呆けてしまう。それを見つめて、宮地が続ける。

「いや、なんだ。ほら、好きな奴にかっこいいとか言われたら嬉しいだろ。そういう事だ」

どういう事だ、と緑間は言い返したかったが、ぐっと押し黙る。宮地の真摯な瞳に負けたからだった。なんなのだろう、この人は。ぼーっと考えて、自分がこの男を好きな事を思い出した。加えて、恋人である事も。うーむ、と顎に手を当て、俯く。なんとなく、宮地が答えを出したのだから、それに応えなければいけないと思った。答えとは言えない気もするのだが。言ってやった、とばかりにふんぞりかえる宮地を改めて見据える。

「馬鹿みたいですね」
「なんだと」
「でも、そんなあなたでも好きです」
「えっ、あっ、そうなの……」

素直に白状すれば、宮地が目を丸くする。驚愕の声は次第にか細くなっていった。真っ直ぐすぎる告白は、喜びよりも羞恥の方が強い。先程はあんな言葉を吐いても思考は冷静だったのに、今はいとも簡単に頬を染める。宮地は、穴があったら入りたい気持ちで一杯だった。

「…?先輩、どうかしましたか」
「………オレさ、ほんと、お前の事、」

中々紡げない言葉に、宮地はイラついて髪の毛をがしがしと乱暴に掻き回した。ふー、と息を吐いて目を瞑る。何かを決意したようで、勢いよく目を開いた。途端、びくり、と緑間の肩が竦む。宮地に抱き締められていた。そうしてひとつ、耳に直接囁かれた言葉は。

「お前の事が、」

だいすきだ。その一言は、緑間を耳まで真っ赤にさせるのには充分過ぎた。


君には敵わない

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