「緑間、あーん」

言われた通りに口を開く。
仕切りがあると言っても人前であるという事は変わらないため、少しだけ恥ずかしい。ましてや、男子中学生という立場にこの光景は似合わなすぎる。
そんな思いに耐えて待っていたら、楽しそうに微笑む赤司に、フォークを突っ込まれた。

「美味しいかい?」

甘酸っぱい苺の味が、口いっぱいに広がる。ゆっくりと咀嚼して、それを飲み込んでいく。生クリームと苺が程よい甘さで俺の舌を喜ばせた。
その間も、赤司の表情は朗らかだった。

「美味しいのだよ」
「そうか、良かった。ほら、敦もあーん」

俺の隣に座る紫原が目を瞑って大きな口を開いた。既に準備万端なその口にも、赤司が苺を放り込む。途端、紫原は蕩けるように笑ってしあわせ〜、と呟いた。
甘い物が大好きな紫原にとっては至福の時間だろう。それは勿論、自らにとっても。赤司はどうなのか分からないが、それでも楽しそうではあった。
俺達は行きつけの甘味屋にいた。雰囲気が柔らかくて、甘い香りに癒されて、落ち着く場所。
その効果が、赤司や紫原と一緒に来る事でより増される気がした。そんな事を言えば、きっと笑われるだろうから2人には言わないが。しかし紫原が幸せなように、俺も幸せなのだ。

「ふふ、何ミドチンにやにやしてんの〜?」
「む、していないのだよ」
「してるし」

紫原が頬杖をついたまま俺を見遣る。
自分ではしていないつもりだが、本当はにやにやしているのだろうか。確かに幸せだとは思ったが。というかどちらかというと紫原の方がにやにやしている気がする。

「2人とも良い顔をしているよ」

赤司がクスクスと小さく笑った。

「それは貶しているのか」
「はは、違うよ」
「てか赤ちんだってにやにやしてんじゃん」
「え、そうかい?」

確かに、紫原の言う通りだった。楽しくて堪らない、赤司はそんな顔をしていた。久しぶりにこんな笑顔を見た、と頭の隅で小さく思った。

「まぁそうかもね。とても楽しいから」
「俺も〜。ミドチンは?」

何かを期待するような2人の視線が向けられて、居心地が悪かった。おそらくここで嘘を言っても、2人は許してはくれないだろう。2人を怒らせると面倒な事になるのは目に見えている。
それに、もう本心などバレているようなものだ。潔く言った方がいい。

「まぁ、その、俺も楽しいのだよ」

言うのが恥ずかしくて顔を背けてしまった。それでも2人は満足したのか、にやにやと笑う気配がする。こういうのは苦手だ。ああ、もう帰りたい。
2人の方を向かないままいると、何やらそちらで身じろぐ気配がした。不意に肩を引かれて、姿勢を崩される。と、思えば何かが唇に触れた。ふわりと甘い香りが鼻腔を擽ってきた。

「ミドチンあ〜ん」
「…むらさもご、やめ、ん、」

紫原の手によって、俺の口がスポンジとクリームに侵略されていた。それも、とても強引に。
抗議の声をあげようとすれば、その隙にケーキを押し込まれる。何度か繰り返し、抵抗が無駄だと悟ってからは、大人しく従う事にした。悔しいがケーキは美味しい。
強制的な押し込みに耐え、ようやく食べ終えると、紫原を軽く睨みつける。怯む様子も無いのが虚しい。

「なんなのだよ」
「え、美味しくなかった?」
「いや、美味しかったが」
「じゃあいいじゃん」

いやいや、良くない。心の中で首を左右に勢いよく振る。
そういう問題ではないのだ。紫原にとっては良くても、俺にとっては良くない。

「あ、ついてるよ、ミドチン」
「ん?ああ、クリー…」

ぺろり。
クリームか、と拭おうとした瞬間、ざらついた感触がした。温かい熱を持ち、湿っている何か。先程よりも濃く甘い香り。目の前には紫原の顔。

「ん、うま〜」
「あ、ずるいぞ敦」

紫原が満足気に唇を舐める。それを見て、赤司が拗ねたように口を尖らせた。
そんな最中も、俺は微動だに出来なかった。口を魚のように動かすだけで、声を発せない。自分に触れたのが何なのか理解した時、俺は爆発しそうだった。
やがて、普段通りに話せそうになったのは、紫原がもう2つ程ケーキを食べ終えた後だった。

「…む、らさき、ばら」
「何?まだ食べる?」
「………ばか…」

自分が真っ赤なのが手に取るように分かる。感情がいいように躍らされている気がした。
それなのに、目の前で紫原は平然とケーキを貪っている。なんだか無性に馬鹿らしく思えて、きょとんとする紫原から顔を逸らして俯く。
赤司が面白そうに笑うのが聞こえた。笑い事ではないというのに。…いや、確かに今の俺は十分情けないのだが。

「緑間、気にするな」
「ああ…」
「何〜?」
「何でもないよ」

紫原は本当に何も分かっていないようで、首を捻り続ける。当事者ではないはずの赤司の方がよく理解しているというのに。
その赤司が言うように、あまり気にはしない方がいいのだろうが。自然と漏れる溜息は止められなかった。

「ほら、これあげるよ」

慰めなのか、いつの間に頼んでいたのか分からないが、新しいケーキを渡された。赤司に軽く礼を言って受け取る。
惰性で口に運んでいれば、紫原が怪訝そうに首を傾げた。まだ気になっているのだろうか。もう正直どうでもよくなり始めているのだけれど。甘い香りで麻痺しているのかもしれない。

「なんなのだよ」
「ミドチンこそなんなのだよ」
「真似をするな」
「ちゅーした事怒ってんの?」

今更気付かれるとは。聡いのかそうでないのかよく分からない。
しかし、バレてしまったとなればもう誤魔化せはしまい。それでも意地を張ってしまうのが、俺という捻くれ者の性だった。

「まぁ、その、気にしていない」
「…嘘だ」
「嘘じゃないのだよ」
「嘘だ嘘だ嘘だー!」

紫原が喧しく喚き出した。どうにも信じてはもらえないらしい。もう少し俺を信用してくれないのだろうか。少しだけ悲しくなるが、確かに真実だとは言い難いので押し黙る。
傍らで、不機嫌そうな顔をして紫原が頬杖をついた。そのままジュースを一気に飲み干した。どうしてお前が怒っている。

「ミドチンて堅いよね」
「…悪かったな」
「てかさ、なんでそんなんで怒んの。突然したから?」
「当たり前だろう。あと区切られているとはいえ、曲がりなりにも人前でそんな事をするな」

そんなことか、とでも言うように気怠げに息を吐かれる。
やはり価値観が決定的に違うみたいだ。これでよく今まで一緒にいられたな。だが嫌いではない。寧ろ好いているといっても間違いはない。きっと価値観など関係ないのだ。
まぁ、今の状況下では関係するのだが。

「じゃあさ、人前じゃなかったらいいんでしょ?」
「え…そう、だな」
「あとはちゅーしていいって聞けばいいんだよね」

確かに間違ってはいない。けれどそれは随分と極端というかなんというか。その割に真剣な瞳にたじろいでしまう。
視界の端で、赤司が吹き出しそうになっている。必死に堪える顔が引きつっていた。笑うのはいいがこちらには出すなよ。

「それなら構わないが…」
「じゃこれからそうする〜」

先程の態度は一転、柔らかい笑みを浮かべる。なんだか騙されたような気がしてならない。

「っ…緑間の負け、だね」
「…もういっそ盛大に笑え」
「いや、うんっ…ぶはっ」

赤司が遂に吹き出した。至極楽しそうに笑う。紫原もそれに便乗するかのように、笑っていた。俺もその空気に感されたのか、笑い出してしまう。

「もう、お前達は面白いね」
「なんか楽し〜」

ああ、本当に。


甘すぎやしませんか

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