スタジオを出ると、雨が降っていた。来る前は晴れていたはずなのに、夕立だろうか。とにかく、傘なんて持って来ていない黄瀬は、小さく溜め息を吐いた。




走る度にバシャバシャと雨が跳ねる。スタジオを出る時はほとんど小雨だったので、黄瀬は走って駅まで行く事にしたのだ。送ってくれるというマネージャーの提案を断った時は、とても残念そうな顔をされた。だが段々雨が強まってきて、強い雨が肌を打ちつけている。やはり厚意に甘えるべきだっただろうか、と思う。

「最、悪、っス…」

黄瀬は切れた息の中で途切れ途切れにそう呟いた。こうなったら雨宿りするしかないだろうか。でも、ずぶ濡れの姿をファンに見つけられて、世話をやかれたりするのも面倒だ。どこか丁度良い場所は…、と辺りを見渡す。

「…え」

驚きで、つい声が漏れた。小さな雑貨屋の軒下に、見知った人間がいたからだ。深緑の髪が濡れて顔に張り付いている。黒い学ランも、濡れて深い色になっていた。それは、緑間だった。こんな所で会えるなんて、黄瀬の心が躍る。

「緑間っち、偶然っスね」
「…黄瀬か」

笑顔で歩み寄れば、緑間が不機嫌そうな顔を上げた。突然の夕立に苛立っているらしく、静かな声も少しとげとげしい。

「緑間っちも雨宿りっスか?」
「…ああ、傘を忘れてな。折りたたみがあったのだが、壊れていたのだよ。」
「蟹座の順位悪かったんスか?」
「11位、だったのだよ。ちゃんとラッキーアイテムの黄色いタオルも持っていたのに…」

ため息を吐いた緑間の頭に黄色いタオルが乗っていた。髪を拭いたのだろう、そっと触れたら湿っていた。黄瀬は苦笑する。

「でも役に立ったじゃないスか」
「…まぁ、そうだな」

未だ納得していないような顔をしているが、少しは心情が変化したらしい。眉間の皺が弱くなる。頬に雨水が垂れてきて、黄瀬は手の甲でそれを拭った。その流れで、自分の体を見渡す。雨を吸ってすっかり重くなってしまった服には、少し水滴が乗っている。もう吸えないらしい。生憎、拭けるようなものが何も無いので、手で払うしかない。せっせと払っていれば、緑間がタオルを差し出した。

「え、」
「使いさしだが、気休めにはなるだろう」

ほら、とタオルを渡されて戸惑う。使えと言っているのだろう。でも、黄瀬には信じられなかった。こんな人だっただろうか。記憶の中の緑間と、今目の前にいる緑間が一致しない。ぶっきらぼうではあるが、今のは所謂思いやりというものだ。帝光中時代にはこんな優しさは無かったはずだ。そういえば、秀徳で"相棒"が出来たと風の噂で聞いた気がする。その"相棒"とやらの影響だろうか。そんな風に色々考えて呆然としていたら、緑間が怪訝そうな顔をした。

「なんだ、いらないのなら返せ」
「へっ?あ、いや、嬉しいっス!ありがと、緑間っち」

取り返そうと伸びてきた腕に気付いて、急いで笑顔を取り繕う。信じられないとは言え、嬉しかったのは事実だ。へら、と笑う黄瀬を緑間は不審そうに見つめた後、ふい、と顔を逸らした。

「べ、別に、構わないのだよ」
「っ…」

照れているのだろう、耳がほんのりと色づいている。そんな、初々しい反応に黄瀬の鼓動は速くなる。それは反則だ。顔が火照ってゆくのが分かって、タオルに顔を埋めた。雨の匂いに混じって、なんだかいい香りがした。また黄瀬はひとりでに赤面してしまう。それを誤魔化すように口を開いた。

「て、いうか、なんでこんなとこに1人でいたんスか?」
「…高尾とはぐれたのだよ」

こちら側は緑間の家の反対方向だった。それを疑問に思って問うてみれば、例の"相棒"とやらが関わっているらしい。黄瀬の心に少しだけ影がさす。聞いていれば、ラッキーアイテムの調達で来ていたのだが、高尾が乗り物(自転車にリヤカーを繋いだものらしい)を停めてくる間に突然雨に見舞われたらしい。緑間は雨宿りするしかなく、向こうもどうしようもなかったらしい。

「それで大人しくここで雨が止むのを待ってるんスか」
「ああ、雨が止めば高尾が迎えに来るのだよ」
「へぇ…」

また心がちくり、と痛む。今度は違う意味でタオルに深く沈み込んだ。雨が止めば迎えに来る。当たり前のようなそれが、何故か無性に悔しかった。ぎゅっとタオルを握り締める。

「…そういえば、お前こそ何故東京にいるのだよ」
「ああ、仕事だったんスよ」
「そうなのか」

簡潔に終わる。それきりお互いに黙り込んでしまって、雨音が大きく聞こえた。静かな呼吸音が、それに紛れて微かに聞こえた。


雨よ止まないで
(もうすこしだけ、このひとのそばに)

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