睡魔


「あちぃ…」
「暑いな」

まだ梅雨の時期じゃなかっただろうか。蒸し蒸しと部屋は熱気で充満している。あ、そうか、梅雨だから蒸すのか。…いや、ちょっと待て。窓の外で目一杯輝いている太陽はなんだ。なんなんだおい、おてんとさん自重しろ。まだお前の時期じゃないぞこら。あと時間帯的にも早すぎるよね、今7時だぜ。ふざけんな。

「まぁそれは仕方ないとして」
「変な独り言は気持ち悪いぞ」
「るせぇ、オレの中では繋がってんだよ」
「それを独り言と言うのだよ」
「分かったよ、うん、独り言。そう、独り言。…ところで緑間さん?」
「なんだ?」

これは言うべきではないのかもしれない。けど今の状況的にキツい。とてもとてもキツい。

「…あのさぁ…なんでオレ抱きつかれてんの?」

ゲームやりながら馬鹿でかいこの男支えるの超キツい。人間ってこんな重いのかよ。筋肉死滅する。ていうか暑い。ものすごく暑い。なんで朝っぱらから抱きつかれてんだ、本当に。

「…ほんとだ」

何だよ、その今気付いたみたいな顔は。てか改めて見るとめちゃくちゃ眠そうじゃねぇか。本当にたった今気付いたのか。

「寝ぼけてたのかよ…」

え、今までのオレの苦労って何。すげぇ頑張って落とさないようにしてたのに。寝ぼけてたとか、無意味じゃん。未だにオレに身を預けるシンタローに沸々と怒りが湧いてきた。いっそのこと振り落としてしまおうか。そうだ、そうしよう。一人心に決めて、足に力を込めて軽く踏ん張る。余分な肉はありません、とでも言うような細い身体を少し浮かせて寝室へと向かった。ふにゃ、とシンタローが眼鏡を上げて目を擦る。

「む。祥吾、どこにいくのだよ」
「お前の安眠地だよ」

そしてオレの安息地でもある。細身であるとはいえ、身長が身長なだけあり、正直重い。でもベッドまで連れていかないと、このお荷物は手放せないのだ。ふん、と鼻を鳴らして歩みを進める。順調に寝室の手前に来て、だがそこでオレは愕然とした。

(ドア開けらんねぇ…)

衝撃の事実だった。今オレの両手はシンタローを支える、且つ固定する役目で出払ってしまっている。残ったのは廊下を勇ましく歩んできた両足と、眠りにつきかけている背中の男のみ。どうしようもない。くい、とシンタローの髪を弱く引っ張れば、嫌そうに身を捩った。既に睡魔に丸め込まれてしまっているようだ。

「…使えねぇな、おい…」

本格的にどうしようもない。必死に腕を伸ばすも、シンタローを庇ったままでは、ドアノブには到底届きそうにない。こりゃ駄目だ、と早々に諦める。諦めは肝心だ、と誰かが言っていた気がする。さて、どうしたものか。リビングに戻ってソファーにでも寝かせてやろうか。ここで廊下に放置という選択肢を出さない所は褒めて頂きたい。というか最初にベッドに運んでやろうとした事をまず賞賛してほしい。オレ超優しいじゃねぇか。若かりし頃のオレに比べりゃ随分と変わったものだ。

(…と、まぁ年寄りみてぇな事考えてるわけだが)

どれだけ思考を巡らせようとも、問題は何一つ解決していないのだ。ぐーすかと暢気に眠るシンタローが妬ましい。はぁ、と溜息を吐いてシンタローの肩に身体を預けた。考えるのはやめだ。オレにはそういうの向いてない。それにもう動ける気がしない。朝っぱらから疲労感マックスだ。疲れたせいか眠い。このまま寝てしまおうか。

(起きた時どやされそうだな)

記憶の中で怒るシンタローに少し逡巡する。でも悪いのはシンタローだろ。オレは運んでやったんだ。未遂だけど。寧ろ感謝されるべきなんだ。そうだそうだ。よし、寝よう。オレは何故か興奮気味に意気込んで瞼を落とした。


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