ヒヒッ、と男は下品に笑った。前髪を乱暴に掴まれて、無理矢理顔を上げさせられる。睨みつければ、舌打ちされた。

「汚らしい手で触るな、ゲスが」
「ハッ、そのゲスにボコボコにされてんのは誰だよ?」

そうしてまた、品の無い笑い方をする。汚い、汚い、汚い。醜いものは嫌いだ。人間はこんなに醜くはないはずだ。だから、きっとこれは人間ではない何かなのだ。本当に、本当に、醜い。触れられているというだけで吐き気がする。

「何考え事してんだよ、こっち見ろ」

強引に顎を持ち上げられ、切れた口の中の傷から血が溢れた。鉄の味。余りに現実味がある、その味。血の味は嫌いではない。でも、これは夢では無いのだと、そう理解して胃液がせりあがってきた。そうだ、帰ったらすぐにシャワーを浴びて、念入りに身体を洗おう。傷口に染みるだろうが、致し方無い。汚いままよりずっとマシだ。だから、早く帰ろう。

「…おい、お前」
「なんだよ偉そうに」
「その手を離せ。さもなくば、」
「やだね」
「…そうか」

最後まで話を聞かない。道徳というものが欠けている。やはり人間ではない。良かった、人間の命を奪うのはまだ少し抵抗があるのだ。けれど、人間でないなら何ら問題は無い。

「もう一度言ってやろう。さもなくば、」

パン、と乾いた音がした。手に染み付いた感覚。

「っは、」

ぐらり、とそれが傾いた。

「…さもなくば、お前の命は無い」

地面に伏せたそれから、赤い血が水のように溢れていった。


醜いいきもの


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