目を瞑ると遮断しきれない外界の光に灰色の世界を見せられる。ぱっと美しく散る花火みたいに短い命ではない。目を瞑っていれば、きっとずっとこの薄いグレー。それから目を背けることなんて不可能で、目を開けるのも億劫で、自らの両手で蓋をした。悪い視力を補正するための器具が非常に邪魔だ。今は鮮明に見えなくていいのだ、とそれを手放す。そうしてようやくしっかりと自分の手の冷たさを受け止める。灰色はいつのまにか真っ黒に塗り替えられた。瞼を閉じた世界に彩度なんてなくて、見慣れた極彩色は勿論あるはずもない。それが酷く心地良くて、酷く胸が疼いた。閉ざされていない耳から、辺りの雑踏はすっと消え失せ、静けさに包まれる。自分だけ、周りとは違う世界にいるようだ、とそんな風にさえ思えた。でも、おそらくそれは正しかったのだ。どれだけ慣れあおうとも、結びつけられた糸を引きちぎる力はない。そういえば、糸を結んだのは誰だったろう。あの頃、俺たちは誰ひとり同じ場所を見ていやしなかった。見つめあって、けれど実際どこを見ていたのか。考えても無駄なことで、それならば考えるのはやめよう。懐かしい声が頭に響く。反響して、何回も、何回も、往復する。俺の名を呼ぶそれは、どれひとつとして同じものはない。全部、違う。言葉を発するのは同じであるはずなのに、確かに違うのだ。緩やかに音声が速度を落として再生される。いつになればこの耳鳴りは終わるのだろう。いや、これは耳鳴りと呼んでいいものか。例えばそう、恋をした女が男の言葉を反芻して頬を赤らめるような、それではないのか。それとも、本当に、ただの耳鳴り?緑間。そうやって呼ばれる度に耳を掻き毟りたくなる。けれどもそれが意味のない行為であることは理解しきっているので、いつも耳を塞ぐのだ。今もなお、このふたつの目を塞いでいるように。こんなに世界が真っ黒ならば、生きている価値はあるのだろうか。けれども世界が真っ白でも、灰でも、結局はそう変わらないのだ。今の俺はどこに生きていてもその価値を問えない。誰も本当の答えを持っていないからだ。それじゃあ、あいつは持っていたのだろうか。あの鮮やかな赤は、それとも、赤と金は。まるで宝石のようなその輝きは、けれどけっして宝石ではないことを知っていた。もっと儚い、何かであることを、知っていたはずなのだ。分かっていたということは、時計の針が反対に回り出すのを止めるということにはならなかった。ずるずると幼さを背負い、俺たちは粉々になった。誰も言わなかったが、俺たちはあの赤に少なからず救われていたのだ。しかしそれをまっすぐに受け入れることは容易くはなかった。それに、あの男は受け入れられることを拒んでいた。無意識だったのかもしれない。俺にはそんなこと分かるわけがない。分かればどれほどいいことか。分かればどれほど辛いことか。それを分かろうとして、俺たちは歩む方向を違えたのやもしれなかった。もともと、俺は単純に捉えることが苦手であった。深く受け止めて、じっくりしつこく考えてものを話したい。それが既に他と違っていた。他も、それぞれに差があった。当然なのだ。違う人生を歩んできて、そのほんの一部が似たような道を刻んだだけ。絶対に同じにはなれなかった。俺はあいつにはなれなかった。あいつだって、そう。俺たちはあいつを救う術がなかった。だから、目を逸らして、背を向けた。糸が結ばれたのはいつなのだろうか。もうその時には結ばれていた気がするのだ。でもいくら考えたって分からない。過去を振り返ったって、得るのは現実より到底少なく儚いのである。そうしてすっかり体温が移ってしまった両手を降ろして、目を開ける。なんだか久しぶりに思える俺の生きる世界は、神々しいほどに眩しかった。


何処かで死んだあの人は


title by カカリア

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