がたん、ごとん、と揺れる電車内で、青峰は大きな欠伸をした。


青峰は普段徒歩通学の為、あまり電車に乗る事はない。バスケの試合会場に行くにも、バスを使う事が多かった。
他校で練習試合がある今日も、本来はバスを使う予定だった。けれど、青峰は寝坊したせいで集合時間に間に合わず、電車で移動する事になったのであった。

そして彼の隣には、緑間がいた。彼はいかにも不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら、本を読んでいた。遅刻どころか寝坊すらした事のない緑間が、何故青峰と共にいるのかというと、数十分前に遡る。




「青峰はまだ来ないのか」

赤司のピリピリした声がバスの車内に響いた。

練習試合へと向かうべく用意されたバスの中は、バスケ部員で埋められていた。普段は賑やかな車内が、今日は重い沈黙に包まれていた。
集合時間を30分も過ぎた今なお、青峰がまだ来ていなかったのだ。そのせいで赤司の機嫌はすこぶる悪い。主将のひどく険悪な雰囲気の前に、部員達やキセキの世代達までもが閉口して俯いていた。
そんな彼らを見渡して、赤司はため息を吐く。

「仕方ない。先に行くぞ」

その言葉に皆ホッとしたのもつかの間。

「緑間。青峰を迎えに行ってくれ」
「…は?」

突然の事に、緑間は思考停止してしまう。
青峰を迎えに行く。
その言葉の意味を理解した途端、緑間は勢いよく立ち上がった。

「なんで俺がアイツを迎えに行かなければならないのだよ!」
「誰かが迎えに行かなければずっと寝坊したままだろう」
「だからと言って、何故俺が」
「お前は副主将だろう?」
「っ………」

自分に与えられた肩書きを出されれば、反論出来なくなってしまう。
主将である赤司がいなくなってしまうのは論外である。だからこそ、副主将が迎えに行く。理に適っている、とは思ったものの、緑間は納得のいかないような顔をしていた。

「緑間、頼む」

頼む、なんて言葉を使っているが、これ以上の反論は受け付けない、と顔が語っている。赤司に命じられた時点で選択肢はYESしか無いのだ。
車内の誰もが緑間を不憫に思ったが、黙っていた。
緑間は深くため息を吐いて、荷物を頼む、と呟いた。

「ありがとう、緑間」

優しい声音で言う赤司を振り返りもせず、緑間はバスから降りた。
見送る必要は無いだろう、と思い足早に歩き去る。
少しして、遠くの方でバスが動き出す音がした。


青峰の家に着いて、インターホンを押したものの、人が出てくる気配は無かった。いつも停まっている車が無いから、おそらく出かけているのだろう。まぁ、誰かがいたら青峰を起こしているはずである。
鍵は当然閉まっていた。携帯で連絡を取ろうにも、青峰が起きるとは思えない。面倒な事になった、と緑間は嘆息した。
どうしようか数分考えた後、緑間は大きく息を吸った。

「青峰!!起きるのだよ!!」

青峰がいるであろう2階めがけて、いつもの数倍大きな声を出した。近所迷惑になるが仕方ない、と妥協した策だった。
慣れない大声に、少し噎せて喉を抑える。

「けほっ……届いただろうか」

窓を見上げれば、何の変化もなく。とんだ骨折り損に終わったようだった。
再び嘆息して目を瞑る。
不意に、頭上からガラガラ、と窓が開く音がした。見上げてみれば、眠そうに目を擦る青峰がいた。どうやら先程の大声の成果はあったらしい。

「なんだよ、緑間か。朝っぱらからうっせぇよ」
「青峰!早く支度するのだよ!」
「は?なんで…って、へぁ!?」

奥に引っ込んだ青峰が、素っ頓狂な声をあげる。時計を見て、現状に気付いたらしい。
どたばた、と音がして、突然静かになったと思えば、再び青峰が顔を覗かせた。

「ひょ、ほまえへつあえ!」
「日本語を喋れ、日本語を」

訳の分からない言語を吐いた青峰に、緑間は呆れる。口に歯ブラシを突っ込んでいるせいで上手く喋れないようだ。
青峰はもごもごと口を動かした後、また消えた。
少しして物音が届いて、今度はドアが開いた。

「緑間!ちょっと手伝え!」

現れた青峰は、ぶっきらぼうにそう言い、戻っていく。さっき言っていたのはおそらく「お前手伝え」という事なのだろう。

「…忙しない奴なのだよ」

緑間が、今日何度目かの溜息を吐いた。


家の中は静かだった。思った通り、家族は出かけているらしい。
2階の方からばたばたと駆け回る音が聞こえて、緑間は階段を登った。

「…で、俺は何をすればいいのだよ」
「鞄にタオルとか詰めろ!」
「命令するな、ガングロ馬鹿が!」
「うっせぇ、陰湿メガネ!」

悪態をつきながらも、緑間はせっせと鞄に荷物を詰めていく。全て詰め終わって、タオルを数枚、水分…と確認をしてチャックを閉めた。
振り返れば、緑間が荷物を詰める間に着替え終えたらしい青峰が、上着のボタンを閉めていた。

「もう出れるか」
「おう、ばっちりだ」

2人は部屋を出て、足早に駅へ向かった。


駅のホームで電車を待つ間、緑間はそわそわと時計を見つめていた。今から電車に乗れば、目的地まで早くても20分。試合が始まるのは10分後。自分たちが出なくても試合は負ける事は無いだろうが、きっと赤司は許さないだろう。怒られるのは青峰だけだろうが、自分もとばっちりを受ける可能性が無いとは限らない。そんな考えが浮かんで、緑間はため息を吐いた。

「ため息つくなよ、悪かったな」
「…お前が赤司に殺されるのは必至なのだよ」
「……知ってる」
「もう少し危機感を持て」
「だってさ、もう遅れるのは確定じゃん。なら、そんな焦っても無駄じゃね?」
「……まぁ、それもそうかもな」

気楽に行こうぜ、という青峰の言葉を受け入れて、緑間は時計を見るのを止めた。気分が楽になるのが分かって、緑間は少し悔しくなった。

数分して、電車がやってきた。幸い車内は空いていて、座席に座る事が出来た。
どっかり、と深く席に沈み込んだ青峰の隣に緑間が座る。

「もう少しコンパクトに座れないのか、お前は」
「あ?別にいいだろ、空いてんだし」
「そういうこっちゃないのだよ」

はあ、とまたため息を吐いて、緑間は鞄から本を取り出した。これ以上青峰とは話す気が無いらしい。それは青峰も同様だった。

こうして冒頭に戻る。


人がほとんどいない為、静かな車内は青峰を眠りに誘うのには十分すぎた。先刻まで寝ていた青峰ではあるが、昨夜は夜更かしをしてしまっていた。それも影響したのだろう。青峰の意識は遠のこうとしていた。
それでも青峰をギリギリで引き止めていたのは、緑間の存在だった。今、青峰が寝てしまえば、後で緑間が何を言うか分からない。ガミガミと説教されるかもしれない。赤司に怒られて、緑間にも怒られるなんて最悪だ、と青峰は思った。

(……でもやっぱねみぃ…)

再び漏れた欠伸で出た生理的な涙を拭う。瞬きをする目の動きが緩慢になってきた。どうやら、睡魔に負けて眠ってしまうのは時間の問題らしい。
もう仕方ない、と青峰は諦めて眠る事にした。
目を閉じて電車に揺られるのに身を任せていると、身体が傾いて片頬に何かを感じた。段々と薄くなる曖昧な意識の中、それが緑間である事だけが分かった。緑間が何か言っている気もしたが、どこうとはしなかった。
暖かい体温を感じながら、青峰は意識の彼方に沈み込んでいく。

その直前に、うっすらと考えた事は、


(…なんかこいつの横が一番ぐっすり眠れんだよな…)

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