残暑の名残もなく、日に日に寒さの増してゆく10月下旬。
緑間は、そんな今日も黙々と居残り練習に精を出していた。傍らでは高尾が座り込んで、そんな緑間の練習を眺めていた。
またひとつボールを放って、今日のノルマを達成した緑間は高尾を振り返った。

「帰るぞ、高尾」
「はいはーい、了解でーす」

笑顔で快諾した高尾は立ち上がり、部室に向かう緑間を追いかけた。

「なぁ、真ちゃん」
「なんだ」
「最近暗くなるの早くなったね」
「そうだな」
「…でさ、いつまでもあれで帰るのは危険だと思うのよ」

高尾が苦笑いして言う。あれ、とはいつも2人が移動手段として使っている、自転車の後ろにリアカーをつけたものだ。
そろそろ冬も近づいてきたし、流石にずっとあれはキツいのでは、と高尾は言っているのだ。
それもそうだ、と緑間は少し考えてふっと微笑んだ。

「大丈夫だ、高尾。お前ならできるのだよ」
「ちょ、このタイミングでデレるのやめて!あとその天使の微笑みやめて、無理とか言えない!なんなの、策士!?」

不意打ちの微笑にやられた高尾は、真っ赤な顔を両手で覆う。そりゃ愛しい恋人に頼られた(?)なら、断る事なんて出来ないだろう。
ああもう、と悔しそうに呟いて高尾が顔を上げる。

「冬なんて気合で乗りきってやんよ!」
「それでいい」

高尾の宣言を聞き届けた緑間は、いつもの高慢な態度で身を翻した。すたすた、と歩き去る緑間の後を、高尾が慌てて追いかけていった。仕方ねーなぁ、なんてにやけながら。



「じゃ、また明日。真ちゃん」
「ああ」

緑間の家の前。その暗い道路で、自転車に乗った高尾が笑顔で手を振る。緑間はドアの前で軽くそれに応えて、ドアノブに手をかけた。

「真ちゃんっ」
「なんだ、高…」

聞こえたのはたたっ、という軽い足音。紡がれかけた名前は、振り向いた瞬間に唇を塞がれて最後まで発せられる事は無かった。ちゅ、と触れるだけのキスをした高尾はにかっ、と笑った。

「すきだよ、真ちゃん」

瞬間、緑間の顔が真っ赤に染まる。そんな緑間を見て、高尾がまた笑った。

「ばっ、馬鹿者!こ、こんな往来で…き、ききき、キス、などするな!見られたらどうするのだよ!」

わたわたと周りを見たり、しどろもどろに叱りつける緑間を見て、高尾は嬉しそうに笑った。
そっと慌てる緑間の頬を両手で挟み込んでこちらを向かせる。

「大丈夫。暗いし、誰もいないよ」

至極優しい声音に、緑間は頬を再び染めて俯いた。

「…じゃ、そろそろ行くね?」
「…あ、ああ」
「おやすみ、真ちゃん」
「おやすみ、なのだよ」

高尾が微笑んで、背を向けた。自転車に乗り込んでこちらにまた手を振って去っていくのを、緑間は唯々見つめていた。闇に消えていく高尾を見送って、緑間は家に入った。
すぐに、ただいまとも言えずに、ずりずりとドアに背を擦りながらしゃがみこんだ。額に手を当てれば、まだ熱かった。なんとなくいたたまれなくなって、鞄に顔を埋めた。
不意にされた口付けの感触を思い出して、また緑間は顔が熱くなるのを感じた。

(…幸せだ、なんて)

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