「敦、お前は東北の陽泉高校へ行け」

赤ちんからそう言われて、やっぱりそう来たか、と思いただ頷く。
いい子だ、なんて笑顔で頭を撫でられた。
それに抵抗もせず、されるがままにじっと見つめていた。



ダン、とボールの跳ねる音に意識を引き戻される。
目の前に敵が迫っていた。
まぁ適当にやれば大丈夫だから微動だにしない。
それを分かっているのか、峰ちんや黄瀬ちんは必要以上に敵を追いかけて来なかった。

試合終了のホイッスルが鳴って、整列して挨拶する。
相変わらずめんどくさいけど、やらないと赤ちんが怒るから。

更衣室に戻って、早速ロッカーからお菓子を取り出す。
汗を拭いもせず食べていたら、赤ちんが隣に来ていた。

「敦。さっき、何を考えていた?」

さっき?
…ああ、あれか。

「おなかすいたなーって」

紛れも無い事実だ。
赤ちんもそれが分かったらしく、そうか、とだけ言い残して自分のロッカーへと歩いていった。

「…紫原、汗を拭かないと風邪をひくのだよ」

やっぱ、赤ちんは鋭いな、なんて思っていたら、ミドチンがタオルを持ってきてくれた。
ロッカーの中にタオルはあるのだけれど。

何も言わないオレの汗を、仕方なさそうに拭い始める。
優しくて少しぎこちないそれに心地よさを感じて、目を瞑った。

じっと注がれる一つの視線を、最初から感じていたけど無視した。

「ほら、拭き終えたぞ」

照れ隠しなのか、オレの顔にタオルを被せて逃げるように戻っていったミドチンの耳は赤くなっていた。
可愛い、なんて言ったらきっと怒ってしまうだろうから、無難にお礼を言っておこう。
まぁ、怒った顔も可愛いからいいのだけど。

「ありがとー、ミドチン」
「べ、別に礼を言われるほどの事ではないのだよっ」

あたふたと答えるリンゴみたいな色した横顔が可愛い。
美味しそうだ、と思い、前に首を舐めた時甘い味がしたのを思い出す。
あの時はめっちゃビクッてしてて面白かったなぁ。

「…敦、早く着替ろ」

少し呆れたような声音に気付いて周りを見渡す。
皆ほとんど着替え終わっていた。

「…だりぃなぁ」

丁度今食べてたまいう棒が無くなったので、立ち上がった。

その後、オレらは何回か試合をしてその全部に勝って、なんかで優勝とか連覇とかしたらしいけど興味は無かった。
その頃、黒ちんが退部したり色んな事があった。
けど赤ちんは何も変わらず優しくて、怖かった。

進路を決めるぐらいの時、急に赤ちんから呼び出しがあった。
昼休みの屋上で、赤ちんが待っていた。

そこで言い渡されたのは陽泉へ行けとの命令。
そしてミドチンは東京に残って秀徳とかいうとこに行く事を教えられた。
だから、赤ちんも東京に残るのかと思ったけど京都に行くらしい。

「俺も、緑間離れをしなきゃね」

なんて笑って言っていた。

赤ちんがミドチンの事を好きなのは知っていた。
オレとミドチンが一緒にいるといつも視線を向けられるし、ミドチンに対する赤ちんの態度とか目とかで判断できた。
けど赤ちんが何も言わないから知らないフリをしていた。

きっとオレがミドチンが好きなのも、そのミドチンがオレを好きなのも知っているんだろう。

それでも赤ちんはずっとミドチンを好きでいた。

ミドチンはそんな想いには気付いていなかったみたいだけど。

オレは赤ちんがミドチンを奪うのならそれはそれで仕方ない事なのだ、と片付ける気でいた。

オレは赤ちんに逆らわない。
ううん、誰も逆らえない。

そんな事百も承知だったし、赤ちんがミドチンを幸せにしてくれるならそれでよかった。

でも。

「赤ちんは、全員を不幸にする気なんだね」

オレを、ミドチンから引き離して。
ミドチンを、ひとりぼっちにして。
赤ちん自身も、ミドチンから離れて。

皆、傷つくだけだ。

これが、赤ちんの選択なら逆らう気は微塵もないけど。

「ほんとに、赤ちんはそれでいいの?」

少しだけ呆気にとられた表情をしていた赤ちんが、次第に笑んでいく。

「…お前は妙な所で鋭いよね」

褒められているのだろうか。
取り敢えず頷いておこう。

「辛いよ。辛くて辛くて仕方ないよ。けどね、俺はこの選択が間違っているとは思わない」

そう言い切った赤ちんは、いつもの偉大な主将で。

それが、あなたの答えなら。

「分かった」



3月になって、卒業式があった。
寒い中で、延々と卒業証書を貰いに行くのはすごく面倒だった。
でも、練習の時はめんどくさいとかばっか言ってた奴がかなり泣いてて、びっくりした。

黒ちんは、悲しそうな、悔しそうな、顔をしてた。
黄瀬ちんは、号泣してた。
峰ちんは、多分サボろうとしてたのをさっちんに見つかったんだろう、欠伸をしてた。
赤ちんは、無表情で、いつも通りかっこよかった。
ミドチンも、無表情だった。
でも、少しだけ目が潤んでいた。

式が終わって帰ろうとしたら、ミドチンが校舎に戻っていくのが見えた。
頼りなさげな、その背中がなんとなく気になって追いかけた。

特別棟にある音楽室に着いて、先に中に入ったミドチンをドアの隙間から覗き見てみた。
ミドチンは、真っ直ぐにピアノに向かっていって、そっと周りを撫でていた。
ピアノを開いて、鍵盤も撫でて、長い間そうしていた。

次第にミドチンがピアノを鳴らし始める。
ミドチンが、ここでよく弾いてた曲だ。
泣きそうになるくらい、悲しい曲。
曲名は、なんだっけ。
何回か聞いたけど、全部忘れた。

不意にミドチンがの手が止まって、何かと思えばミドチンは泣いていた。

気付いたら、ミドチンを抱きしめていた。

「…むら、さきば、ら?」

驚いた顔をして、ミドチンがオレを見上げた。
睫毛に、大粒の涙が溜まっていた。

そっと笑うオレを見て、ミドチンがまた泣き出す。

「…ミドチン、秀徳行くんだね」
「…ああ」
「…オレは、陽泉行くんだ」
「…知ってる」

だろうね。
だって、赤ちんが全部決めたんだから。

背中に、回された腕があったかい。

そういえば、ミドチンとちゃんと話すのは久々だなぁ。
あまり喋らなくなったのは、赤ちんが進路を決めた頃からだろうか。

「…ねぇ、ミドチン」

もしかしたら、ピアノの音で赤ちんが気付いているかもしれない。
ま、そんなの関係ないけど。

「今から言う事は、全部忘れてね。全部、冗談だから」

よく分からない、とミドチンの顔に書いてある。

お互いの顔が、見えないように強く抱きしめる。

「ミドチン、オレ離れたくないよ。ずっとずっと、傍にいたいよ」

ミドチンが固まっちゃったみたいだけど、無視する。

「もう何にも要らないから、傍にいたいよ…」

絶対に、言わなかった言葉。
絶対に、言えなかった言葉。

震えてるのは、ミドチンとオレ、どっちなのかな。

「…なんてね、変な冗談でしょ。だから、ミドチンは、全部忘れてね」

オレを思い出して、傷付かないように。
オレとまた会っても、傷付かないように。

「……お願いだから、忘れてよ」

なんでだろう。
めんどくさいのが流れてきた。
オレはこういうキャラじゃないのに。

「ミドチン、さよなら」

最後まで、好きだなんては言わない。

言ってしまったら、何かが変わってしまうから。

好きだから、好きだからこそ。
お願いだから、あなたには忘れてほしい。

どうか、どうか少しでも、あなたが幸せになりますように。
オレがどれだけ不幸でもいいから。

オレらの泣き声で一杯の音楽室で、空気を読まないお腹の虫が鳴く。


ああ、最後に、あなたの笑顔が見れて、良かったなぁ。

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