短編 | ナノ

スパイス過多

十一番隊舎、いつでも道場からは大きな声が響いてくる。執務室はいつだって空っぽに近く、他隊が書類を渡しに来るときも執務室ではなく真っ直ぐ道場に来るほどだ。
しかし、空っぽに近いというだけで空っぽではない。今日も一人机に向かう死神が一人。


「おい菘!道場顔出せって言ってるだろ!」
『斑目三席…私は執務室に顔を出してくださいっていつも言ってるじゃないですか……』
「うお……なんだお前随分疲れた顔してんな」


当たり前じゃないですか、と菘は机を叩く。積み重なった書類の束が揺れた。


『毎日毎日掃除しても一瞬で洗濯物とゴミだらけになる隊舎!誰も事務仕事はやらない!綾瀬川五席がたまに手伝ってくださるのだけが私の救いです!』
「お前机にばっかり向かってるからそんなストレスたまるんだろ、ほら木刀持って道場に早く来いよ」
『知ってますか斑目三席……私がサボったら未来の私が苦労するんです……私がやらないと他の誰も事務仕事しないんです……それで他隊の隊長や副隊長にいつも怒られてるのは私なんですよぉ……』


完全に机に突っ伏し、最後の当たりは涙声だった菘に流石に一角もこれはまずいと眉を寄せた。
小野瀬菘、十一番六席。戦闘集団更木隊の中珍しい女性隊士だ。よくやちるをカウントせずに紅一点なんて呼ぶ者もいるが、勿論やちるからの制裁を受けることになる。
勿論菘が入隊する以前は嫌々でも仕事をする者が少なからずいた。しなければ隊を廃すると総隊長に脅されたこともある。(勿論それでも更木は一切の事務仕事は行わなかったが。)
菘が入隊してから、他の隊士が彼女に甘えきっているのはわかっている。慌ただしく隊舎をパタパタ走る姿や、脱ぎっぱなしの死覇装を洗濯し、青空の下一枚一枚干す姿などが隊員達の癒しになっていることなどは本人は知らない。むしろ本人は必死過ぎてそんな余裕はないのだ。癒しになっていると知ったところで見てないで手伝えとしか言わないだろう。


『やっぱり異動願いを出すしか……』
「は!?お前何考えてんだよ!?お前はうちの六席だろ!」
『無理です!もうパワハラに耐えられません!ブラック企業ですよここ……っ』
「またお前現世で変な言葉覚えてきたな!」


菘は震える手で異動願いを持つと懐へしまう。そして「総隊長に直談判します」とふらふらと立ち上がる。勿論慌てた一角は引き留めた。


「いや待て!考え直せ菘!」
『いーやーでーすー』
「お前がいねぇと困るんだよ!」
『でもこのままだと私が困ります!!』
「異動願いなんて没収だ没収!!ほら!!」
『あ!?ちょ……っ!?どこに手突っ込んで!?うわぁっ!』
「おわっ!?何してんだお前!!」


ドタンバタン、二人の攻防の末菘はバランスを崩し後ろに倒れこんだ菘の異動願いを奪取しようとしていた一角もつられてそのまま倒れた。
流石にその音は道場までも響いたらしく、バタバタと誰かが執務室へ走ってくる音が聞こえた。


「一角?菘連れてきてって言ったのに何暴れて……って何してんの!?」


そう声をかけながら顔を出したのは弓親だった。そして執務室内の状況を理解するなり大きな声をあげた。菘と一角を交互に見ながら慌てる弓親。心なしか霊圧もガタガタと揺れている。隊の五席のそんな声と霊圧に他の隊士たちも執務室へぞろぞろと集まった。


『ちょ、早くどいてください斑目三席!』
「はぁ!?お前が渡さねえからこんなことになるんだろ!?」


菘に馬乗りになり、異動願いを奪い取ろうと懐に手をいれようとする一角。転んだ時に頭を打って涙目の菘。どう見ても、嫌がる菘に襲いかかる一角にしか見えない。


「おい弓親お前も手伝え!」
「本当何を言ってるんだ君は!?」
『うわあああん綾瀬川五席助けてえええ!!』


その後騒ぎを聞きつけてきた更木とやちるに一角がこってり絞られたのは言うまでもない。



「お、おい菘……今日は俺も書類手伝うぜ……」
『……いいです、こっち来ないでください』


「弓親!あからさまに俺避けられてねぇか!?」
「自業自得って知ってる一角?」

(20170313)




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