短編 | ナノ

温めますか?

「お……菘ちゃん?」
『あれ、平子くんだ』
「なんや、バイトしてたんか」


今日は真子が夕飯の係りの日だった。仮面の軍勢のメンバーで自炊が得意なメンバーは限られている。現世にはコンビニというなんとも親切な店があり、料理が得意ではない者や面倒だと感じるものはそこへお弁当を買いにいくのがいつの間にか当たり前になっていた。

そこで偶然平子は、一護との接触のため通うことになった空座第一高等学校の同級生と遭遇したのだ。
「いらっしゃいませ」と入店すると同時に聞こえた声は自分の前の席にいつもいる少女のもの。


「菘ちゃんバイトとかするタイプやったんやなぁ」
『私部活とかやってないしね』


お弁当を選ぶ平子の隣でせっせと棚におにぎりを並べながら、菘は小さく笑った。ちらりと平子がそちらを見る。強い霊力も全く感じない普通の人間。普通に学校に行き、普通に勉強をして、普通にバイトをして、普通に過ごしている……至って普通の少女。
自分が、虚化などして仮面の軍勢としてこの町で暮らしていなければおそらく関わることのない存在。そんな存在と、平子たちはこの百余年で何度も出会ってきた。彼らは転々と住む場を変えてきたため、深く関わったことなどはない。そして、今回も。


「菘ちゃんレジ頼むわ」
『はい!』


ちらりと見たレジが無人だったため、そう声をかければ笑顔で菘はレジへと小走りでかけていく。「いらっしゃいませ」ともう一度そこで言われてから、ピッピッとバーコードを読む音が響く。


『随分いっぱいだね、お弁当』
「友達と集まっててな〜」
『ふふ、きっと賑やかだね』


賑やかなんてもんちゃんわ、という言葉は飲み込んだ。あそこの連中は(主にひよ里だが)毎日騒がしくてしょうがない。あれだけ賑やかな集団がよくも百余年見付からずに現世に身を潜めていられるものだ、と自分達の事ながら感心する。ハッチの結界と、この義骸の凄さはいつでもひしひしと感じる。


『お弁当温めますか?』
「頼むわ」


わかりました、と後ろに何台かあるレンジを操作していく菘。流石にこの人数の弁当を全部温めるには時間はかかるだろう。幸い他に客はいない。レンジの稼働音と、店内に流れる宣伝や音楽がやたらと響いた。
なんとなく、それが心地よかった。箸やらスプーンやらの準備をてきぱき進めながら、温まった弁当を袋に入れ、次の弁当を温め…。そんな菘は学校で見るより随分しっかりした少女に見えた。


「菘ちゃん学校でも真面目やけどバイトも真面目やな」
『勿論、学校は行かせてもらってるんだし、バイトだって自分がやりたいって思ったことだもん』
「えらいなぁ」
『まぁ楽しいからってのが一番だけどね、学校もここも』


ふわりと彼女が笑ったとき、最後の弁当が入ったレンジが音をならす。慌てずそれを取りだし袋に入れ、「お待たせしました」と平子に手渡す。熱くなってるから気を付けてくださいね、という言葉も忘れず。その時、奥からドタバタとコンビニの制服を来た少年が必死な顔で菘に駆け寄ってきた。


「小野瀬さん、ごめん遅刻した!もう上がって大丈夫だよ!」
『あ、はい』


気にしてないから大丈夫だよ、と菘は笑いスタッフルームへと戻ろうと足を進める。そこで平子に「ありがとうございました」と言おうとしたところで、先に口を開いたのは平子だった。


「菘ちゃん、途中まで送るで」
『へ、』
「はよ着替えておいでー」


キョトンとした彼女は状況をおそらく咀嚼できないまま、スタッフルームに慌てて引っ込む。そしてそのあとやはり慌てたまま彼女は私服で現れた。店の前で待ったままの平子の姿を見て、やっぱりキョトンとする。


『あの、お弁当冷めちゃうよ?』
「あー気にせんでええって、菘ちゃん家どっち?」
『こっちの道』
「なんや同じやん」
『途中までお弁当持とうか?重いでしょ』
「重かったら余計に女の子に持たせへんやろ!大丈夫やでー鍛えてるから」


そう言えば隣の少女はクスクス笑う。なんとなくゆっくり、彼女のペースに合わせて歩く。
これからこの空座町は戦いに巻き込まれていく。いや、既に最初から巻き込まれているのか。何も知らない普通の彼女が、何も知らないままこうやって笑っていたらいいのに、とぼんやり平子は思った。

帰ったら弁当が冷めていることをきっと仲間たちは怒るだろうが、それがわかっていてもこののんびりとした帰り道は心地よかった。まるで、人間のようだった。

(20170312)




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