短編 | ナノ

君と僕の攻防戦

とてもとても苦手な人がいる。


私は六番隊の四席だ。朽木隊長が纏める六番隊は真面目でしっかりした人が多い。大雑把そうに見える阿散井副隊長だって、仕事は早いし部下への指示はいつも的確。彼はちょっと……ほんのちょっとだけ鬼道が苦手なだけだ。
頼りになる上官、隊の仲間たち。六番隊であることが私にとっては誇らしく自慢なのだ。だけど、初めて他の隊に行きたいと思った。


「菘、見ぃーつけた」


他隊への書類を渡し終え、六番隊の隊舎に戻っている時、聞こえた声に肩が跳ねた。今の声、イントネーション、間違いない。霊圧は感じなかったのに、あぁでも隊長格が消した霊圧を私程度の死神が探知できるわけなんてないのか。
声のした、自分の後ろを振り返れば予想通りの切り揃えられた金髪に隊長羽織……にんまりと笑う口。


『ひ、平子隊長……』
「なんやそんなおどおどして、チワワか」


離反した隊長達により出来た空席、そこに百年前に消えた昔の隊長達が戻ってきた。……私は当時のことを知らないけれど。
仮面の軍勢として、藍染隊長達と戦った彼らが元々隊長格程の死神だったこと、そして尸魂界から去らなければいけなかった理由等を知ったときはとても驚いた。

しかし……どうにも、五番隊の隊長となったこの平子隊長のことは苦手だ。


「菘今日もかわええなぁ」
『いや、あの、』
「おどおどびくびくしてて」
『あの、なんで近付くんですかっ』


一歩近づかれて一歩下がる。すると二歩近づかれて、私は三歩逃げる。距離の近さに頭がおかしくなりそうだ。なんでこんなに近くに立とうとするの、わからない、怖い。ニヤニヤ笑いながら近づかれるのは本当に怖いのだ。正直冷や汗出てる。


「そんなん菘が逃げるからやん」
『だって、ち、ちかい……っあ、』
「あぁ、壁やしもう後ろには逃げられへんな、菘」


何も考えずに後ろに下がっていたら、とんっと壁が当たった。しまった、と思ったときにはもう遅くて、私の顔の両隣には平子隊長の腕が。私を閉じ込めるように壁に手をついた平子隊長に、また肩が跳ねる。
逃げようにも私より背の高い平子隊長が目の前にいて、蛇に睨まれた蛙状態だ。それに袖のあるタイプの隊長羽織のおかげで、より閉じ込められている感じが強くなる。羽織の袖私を挟むようにたらり、と揺れて……壁のように思えた。
逃げられない、そう思いながら恐る恐る平子隊長の顔を見るのに視線を上げれば、じっとこちらを見つめる薄い茶色の瞳と目があった。ひっ、と思っていたらやっぱり彼はにんまりと笑って、私の耳元に顔を寄せる。


「捕まえた」


といつもより低い声で囁かれ、耳から背筋の辺りにゾワゾワと何かが走る。その感覚が嫌で、俯いて首を竦めてみるも、平子隊長はそんな私を見て喉で笑う。クックッ、というような笑い声はやはり耳元で聞こえてくる。耐えられなくて、「離れてください」と震える声で伝えるも「嫌やわ」と一蹴される。

平子隊長が、苦手だ。最初に、書類を配達に行き雛森副隊長から紹介して頂いた時は明るくて面白い人だと思った。よろしゅうな、仲よぉしてな、と笑った平子隊長に私も笑顔で言葉を返せたのだ。しかし、次に五番隊を訪れたとき、隊首室で仕事をしている平子隊長に直接書類を持っていけば……今と同じような状況になった。あの時は座っときと言ってソファーに座らされて、その背もたれにこうして手をついて私は捕まっていたっけ。

二人でいるとどうにも平子隊長は私をからかって遊んでくる。だから、なるべくそうならないようにしているのに、いかんせん隊が隣で行き来も多い。そしてお前なら他隊に無礼な事をしないと信頼していると、これ以上無いほど嬉しいお言葉を朽木隊長と阿散井副隊長から頂き、他隊への配達や連絡などの仕事は主に私が担当している。大変ありがたい事で光栄なのに、平子隊長との接点が増えてしまうのだ。六番隊を辞めたいと思ったのは初めてだった。十二番隊か隠密機動にでもなって、なるべく関わらないように仕事したい。


「なんや、考え事とか余裕やな菘」
『い、いや、あの、余裕とかじゃ、現実逃避でっ……!』
「逃避してんと俺に集中せぇや」


片方の手を私の頬に添えて、ゆっくりと輪郭をなぞるように撫でる。優しい手つきだけど、どこか艶のある動きで、時折耳や首の方に指があたりくすぐったい。やめてください、とお願いしても「ええとこやからあかん」と返される。何がいいとこなのかさっぱりわからない。なにこれ、セクハラなのでは……?女性死神協会に相談していいのではないか……?俯いてる間にぐるぐると考えていると、平子隊長に名前を呼ばれた。


「なぁ、菘」
『は、はい……』
「そんな顔してたら直ぐ食われてまうで」


急に何の話だ、と思わず顔を上げれば、先ほどまで耳元に寄せられていた平子隊長の顔は目の前にあって、細められた瞳が此方を見ていた。思わず息を飲む。


「俺が紳士で良かったなぁ」


にんまりと笑って、私の頭をくしゃりと撫でると漸く壁についていた片手を離す。隊長羽織を翻し、手を振って「ほなまたな」と五番隊舎の方へと歩いていった。
きょとん、としていると急に人の気配を感じる。あ、この霊圧は……


「小野瀬?何してんだこんなところで」 『阿散井副隊長……』
「帰ってくんのおせぇから隊長も心配してたぞ」
『す、すみません!直ぐ戻って働きます!』


辺りに平子隊長はもう見えない。いつもこうだ、二人になるとああやって私で遊んでくるけれど他の人が近くに来るとぴたっとやめて帰っていく。……本当、よくわからない人。





「あーあ、邪魔入ってもうた」


おどおど、小動物みたいな彼女を気に入ったのは二度目の遭遇。からかってやろうかと迫って見れば、想像以上に反応が良くてその日以来ついついいじめてしまう。
不安そう瞳を揺らしながら上目遣いでこちらを見るのも、必死に逃げるタイミングをはかっているのも、何もかもが加虐心を煽る。本人にそんな自覚は毛ほどもないだろうが。


「ほんまかわいいてしゃーないわ」


はまってしまって、抜け出せない。
(20170327)




- ナノ -