短編 | ナノ

忘れたいほど眩しいの

「あぁ平子隊長、とびきりの絶望も百年前から用意してあるんだ」

藍染のその言葉と笑顔に、心底嫌な予感がした。

空座町での藍染達との戦い。戦う護廷十三隊達の中に、百一年前に置いてきた菘を見つけた。霊術院からの同期、五番隊の四席だった大切な仲間。背も髪も伸びて、随分大人びた顔立ちになっている。離れていた期間の長さを戦いの最中思い知った。

てっきり、目を見開いて驚くのかと思った。泣いて飛び付いてくるのかと。百年前のあいつは泣き虫で、甘えたで、白やひよ里よりも子供っぽい女やった。
それが、落ち着いた瞳でこちらを見ただけで、それからはずっと戦いに集中している。表情は常に固く、霊圧も鋭いまま揺らぐことはない。あまりに記憶の中の彼女と違って、どくん、と心臓が音をたてた。胃の辺りをぐっと掴まれたような気持ち悪さを感じる。

戦いが終わった後、ついに菘の側に来てその腕を掴む。菘は眉をピクリと動かすと不審そうにこちらを見た。何でそんな顔すんねん。百年ぶりやろ、もっと喜んでくれると思ってた。一人だけ置いていったことは悪いとは勿論思っている。それでも菘なら、巻き込みたくなかった俺達の気持ちもわかってくれるとずっと考えてきた。


「なぁ、菘」
『……なんで私を知っているの』


その言葉に、目を見開いた。何を言ってるんやこいつは。


「変な冗談やめぇや、おもんないで菘」
『……なんのことかわからないけど、先程の戦い、加勢ありがとうございました。護廷十三隊、一番隊四席の小野瀬です』
「一番隊……?お前隊移動したんか」
『何を言ってるんですか?私は入隊した時から一番隊です』


話が噛み合わない。百年たっても、菘のことを忘れたことなんてなかった。あの頃、何かと一緒にいた大事な仲間。
自分の後ろにいる仮面の軍勢のメンバーも、随分動揺しているようで霊圧がガタガタと揺れていた。それもそのはず、別れたあの日から再び会いたいと願っていた仲間が、菘が、自分達の知る菘と違うのだ。


「何言うてんねん菘!お前ハゲ真子の隊やったやろ!」
『真子……?』
「なんだよ、まさか記憶でも消えちまってんのか?」


記憶、そう菘は呟くと頭を押さえて苦しみだした。しゃがみこむ菘に、他の奴等が駆け寄ろうとするその前に派手な着物が目の前に翻る。


「大丈夫大丈夫、菘ちゃん落ち着いて」
『うっ……頭、いたい、』
「良い子だからゆっくり息を吸うんだ」


京楽サンに背中をさすられ、息を整える菘。そこで、藍染と対峙した時に言われた言葉を思い出した。

とびきりの 絶望


「記憶置換か……っ!」


握った拳は、自分の爪が食い込み血が出た。だけどそんなことどうでも良かった。
菘の俺達と関わった記憶だけが全部書き換えられている。藍染は俺達が生きて再び目の前に現れると想定していた。だから、


「そうだよ、菘ちゃんは百年前記憶を消されている。倒れているこの子の側に強力な記憶置換装置が落ちていてね、藍染達の証言もあって僕らは菘ちゃんが君達を失ったショックで自分の記憶を消したと説明された」
「実際は藍染が消しとったわけかっ……」
「なんでっ……!菘がウチらのこと忘れようとするわけないやろ…っ!なんでそんなことも死神は気付かへんねん!!」


大きな声でひよ里がそう怒鳴るも、京楽サンは落ち着いたまま。菘の背中を撫でたまま、こちらを向いて「そうだね」と、困ったような、悔しそうな、いろんな感情が混ざったそんな笑みを浮かべた。


「でも、本当に菘ちゃんは苦しそうだったんだ、君達を失ってから。見ていられないほどにね。……後を追って、死んじゃうんじゃないかって思ったほどだ」
「アホな……っ」
「冗談抜きでさ。それぐらい君達を大切に思ってきたのは、君達が一番知ってるだろう。だから、記憶が消えても生きていてくれるないいって思った。まぁ、藍染の策略だったんだけどね……菘ちゃん、落ち着いたかい?」


漸く菘の呼吸は落ち着いてきたようだった。真っ青な顔を上げ、不思議そうに首をかしげる。どうにもさっきまでの話は聞いてる余裕がなかったようや。ぐったりしている菘を、京楽サンは四番隊にみせようと支え立ち上がらせる。その時、ひよ里が菘の腕を掴んだ。何してんねん、お前体くっついたばっかやろ、と怒りたかった。けれど、ひよ里の目を見ればそんな言葉出てくるわけもなかった。悔しさで、いっぱいの瞳。


「〜〜っ!ええかよぉ聞け菘!」
『な、に』
「絶対思い出させたる!思い出させて絶対泣かしたるわ……!せやから今から覚悟しとき!」
『……へ、』
「わかったら返事せぇ!」
『は、はい……?』


わかってなさそうな菘の返事に、ひよ里はよし!と納得したようだった。その光景は百年前にも見たやり取りに似ていて、少しだけ希望が見えた。


「せやな、ちゅーかこんなどぎつい奴等とイケメンの俺を忘れるてどういうこっちゃねん菘」
「何がイケメンやねん、平たいハゲた顔してるくせに」
「ハゲた顔てなんやねん!……ま、あいにく俺ら長期戦は得意やねん、菘」
『はぁ……』
「覚悟、本気でしときや」

(20170320/長編で考えてたけど浦原さんとかマユリ様がそれぐらいさらっと直せそうで)




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