09 「いずれ、自然と解る故。そう焦らずともいいのじゃ結愛菜。可愛い主のことはわらわたちが守るからの。安心するがよい」 「……」 普通、初めてあった人間に「安心しろ」と言われて「はいそうですね」と簡単に頷けるはずはない。 しかし、頷かせる何かを目の前の二人は持っていた。恐怖とは違う、まるで親が子供に言い聞かせるような感覚。 野薔薇と李冠。結愛菜に取ってこの二人とはこれが初対面であるはずだ。 だが、結愛菜はどこかで懐かしい、という感情を抱いてしまっていた。安堵にも似た、そんな優しい感情を。 「訳が…解りませんわ」 ぽつり、と言葉が零れる。 「解りませんけど、いいですわ。あなた方が言う守るという言葉を信じますわ。とりあえず、先程の鐘…始まりの鐘、でしたっけ?それが鳴ったということは何かがあるのでしょう?鳴る前と鳴った後で何か空気が変わったような感じがしましたし。それで、私は何をすればいいのかしら」 結愛菜の大きな瑠璃色の瞳が目の前の野薔薇をしっかりと捉えた。 先程まで説明しろと散々喚いていた結愛菜だったが、逆に今度はそんな質問を野薔薇たちに問い掛けた。 「良い質問じゃ。聡明な子じゃのう、結愛菜は。ますます好きになるぞ――李冠」 「……ああ」 野薔薇はそんな結愛菜の様子に嬉しそうに目尻を下げ、ふふっと笑う。 そして、隣に物静かに佇む李冠に声を掛けた。 李冠は短く返事をすると、さっきまで野薔薇に向けていた視線を結愛菜に向け、口を開いた。 「結愛菜…君にはある場所へ向かって貰いたい。紅のアリスとして」 「紅のアリス……」 先程は頭がパンク状態だったせいで深く考えられなかったが、“紅”と表現するからには他にも色が存在するのだろうか、と結愛菜は思った。 そうでなければそんな面倒臭い呼称は付けずただの“アリス”と呼ぶだろう。 「そう表現するってことは他にも“アリス”と呼ばれる存在があるってことなのかしら?」 「……イエスかノーかと言われればイエスだ」 「やっぱりそうでしたのね。で、何人いますの?」 「……」 そう結愛菜が言うと、李冠は黙り込んでしまった。 「? 何ですの?勿体振らずに早くお言いなさいよ」 「……」 「ねえ」 「………」 「ちょっと」 「………」 まったく口を開かない李冠に結愛菜はまた苛立ちを覚えてくる。 李冠は沈黙したままで何も言わない。 「…………」 「〜〜〜っ、黙っていたら解りませんわ!はっきりお言いなさい!!」 痺れを切らした結愛菜は李冠に向かって怒鳴った。 他にも色が存在するのならば、黙らずに早く言って欲しいものだ。何よりも正確な情報が欲しい。 ただでさえ訳の分からない世界に飛ばされてしまい、己の持つ知識ではどうにもならない。 唯一の情報源は目の前にいる二人だけなのだ。 だが、情報を求めた相手は黙ったまま何も答えない。 拾えた情報と言えば、「他にもアリスと呼ばれる人がいる」ということくらいである。 ただ、それも正確な答えではなく曖昧な答えであったが。 「結愛菜」 「何ですの!?」 結愛菜と李冠の様子に耐え兼ねたようで、野薔薇は結愛菜を制するように声を掛けた。 それに対し、苛立った様子で結愛菜は野薔薇の方を振り向いた。 「そう、李冠を責めないでおくれ。制約の関係でわらわたちには答えられる質問と答えられぬ質問があるのじゃ」 「……制約?」 結愛菜は言われた事をおうむ返しのように呟く。 野薔薇は制約、という言葉を口にした。制約だから李冠は結愛菜の質問に答えられなかったということを言いたいのだろう。 「そう、制約じゃ。ゲームだからな」 「ゲーム?」 「そうじゃ、ゲーム。ゲームには制約(ルール)が必要。わらわたちはそれに従っているのじゃ」 確かにゲームには制約が必要だ。制約がないとゲームの意味はなくなるし、まずゲームにならない。 しかし、彼女らの言うゲームというのが何を示しているのかが結愛菜には分からなかった。 この訳の分からないアリス世界とやらに来る前にどこかでゲームという単語を聞いたような気もするが、それがどこだったかは思い出せない。 「そういえば、先程も制約の関係で詳しくは言えないとか言ってましたわね」 「そうじゃ、詳しくは言えぬ。わらわたちはヒントを与えるのみ。真実(こたえ)は主自身が見つければならぬ」 思い出したように結愛菜が言うと、野薔薇はそれに対し淡々と答えた。 答えは知っていても、答えは教えられない。答えを知りたければ自分で探せ、と。手は貸すが、全部は貸せない。少しの助言のみを与え、そこから考えろということだろう。 それはまるで謎掛けのようで。 また、答えを己自身で探さねば意味がないというようで。 「……かなり面倒ですのね」 またぽつりと結愛菜は呟いた。 「そうじゃな、解っているのにすべてを教えれないというのはかなり面倒じゃ。だが、代わりに主の身はわらわたちが守る故。それで勘弁してはくれぬかえ?」 野薔薇もそうやってにこりと笑った。 「……話が逸れてしまったが」 コホン、と小さな咳ばらいが結愛菜の横から聞こえた。 先程まで黙り込んでいた李冠の口が、野薔薇と結愛菜の話が一段落したことでようやく開かれたようだ。 ぽつりぽつりと一つ一つの言葉を咀嚼するように、李冠の口から言葉が紡がれて行く。 「先程も…少し話したように。君には、紅のアリスとして…ある場所に行ってもらいたい……」 「一体何処へですの?」 「紅のアリスが行くべき場所は、『ハートの女王の城』……我々の住家、だ」 「あなた方の?」 「そうだ」 『ハートの女王の城』。野薔薇と李冠の住家。その単語に結愛菜は驚いた声を上げた。 態度を見る限り、野薔薇と李冠の二人は冗談を言っているようではなかった。 二人の住家……しかも城とだけあってその規模はお嬢さんである結愛菜でさえ計り知れない。まあ、それは別に関係はないのだが。どうやら晩餐会に呼ぶ、等という訳でもなさそうである。 あくまで、彼らのいう“紅のアリス”として行かなければいけないところのようだ。 これも野薔薇の言う『制約』の一つなのだろうか、と結愛菜は思った。 何故、アリスに色があり、制約があり、己を守るのか、ということはまだ解らない。 野薔薇はゲームと言った。 李冠は紅のアリスとしてと言った。 どうやらこの世界は何かと制約、というものが纏い付くらしい。 恐らくそれは、彼らの言うゲームを円滑に進める為なのであろう。 しかし、すべてが分かった上でのゲームではない。すべてが手探り状態。すべてを自分で探しださねばいけない。 あくまで、ゲーム。いくら知らずとも制約は制約で守らなければいけない。 それはまるで、難易度の高い宝探しのようだ。 「今は、前に進むしかありませんわね…」 ボソリと結愛菜は言葉を漏らす。今は考えていても拉致があかないだろう、そう彼女は思った。 決心の付いた結愛菜は凜と野薔薇と李冠の二人を見据える。その様子に満足げに野薔薇は笑みを浮かべた。 「……では、行こうかえ?」 「ええ、道案内と護衛は頼みましたわよ」 「我々が必ず君を守ろう」 それぞれにそんな言葉を交わしながら、彼女らはゆっくりと歩き始めた。 ----- (12/01/16) ようやく一段落。 李冠のキャラが臆病→寡黙になってる件。……まあいいか(いいのか)。 そんなこんなでたぅにバトンタッチ! 東鴇 ← |