06 普通では有り得ない消え方をした自分の部屋があった場所を呆然と見つめる。 周りはざざざ、と草木の揺れる音のみ。視界は緑で覆われていた。 先程まで未亜は自分の部屋にいた筈だった。別に自分の足で部屋から出た訳でもなく、むしろ己の意志とは逆に連れ出された。 普通、部屋のドアを開ければそこは廊下で……。 だが、そこは廊下ではなく緑が視界いっぱいに広がっていた。 更に出て振り向いた途端、ぐにゃりと揺らめいて部屋そのものが消えたのだ。 ――有り得ない。 未亜の頭の中にはその単語のみがぐるぐると巡っていた。 (な、何で部屋が消えるの!? というか、だいたいここは何処で、何でこんな格好をしていて、こんな鬱蒼とした森みたいなところにいるのよ!!) 「…ない、有り得ない。…絶対に有り得ない。そうよ、これは夢だわ、夢」 混乱しきった頭を冷静に保つため、未亜はブツブツと呟く。 今、目の前に広がっている光景は夢なのだと。疲れていてこんな夢を見ているのだと。 「……お嬢さん?」 「きゃぁあああっっ!!」 いきなり猫羅が未亜に呼び掛けたせいで未亜は驚き、身体がビクリと飛び跳ねた。 「さっきから何ブツブツ言っているんだい? 夢とか何とか……」 「……やっぱり夢じゃないの?」 恐る恐る未亜はニンマリ顔を絶やさずにいる猫羅に尋ねる。 「…夢? 何が夢なんだい?」 「いやだから、この現状が……」 「なーに言ってんだよ、アリス!! 夢は寝てから見るものだぜ?」 猫羅はキョトンとし、尋ねた未亜に尋ね返し、もう一度…と、聴こうとした未亜の話に割って零兎が入った。 夢は寝てから見るものだぜ、という零兎の言葉からして未亜は頭を抱える。それは夢ではないことを差しているからだ。 いきなりファンシーな格好になっているわ。いきなり連れ出されたかと思えば、森の中にいるわ。 一体これ以上何が起こるのかすら分からなくて怖い。 第一、これが夢じゃないっていう時点でおかしすぎる。 未亜は夢であることを願って、自分の頬を思いっきりつねった。 ――痛い。 痛みを感じる=現実。この原則は崩れる筈もなく。 「……本当に夢じゃないのね」 そう言って未亜はガクリとうなだれた。 現実主義(リアリスト)である未亜にはとうてい信じられないことだったが、痛みがあったのだ。信じるしかあるまい。 己の行為が仇となってしまった、というべきか。 うなだれた状態でいると、心配そうに零兎が未亜の方を覗き込んできた。 「アリス、 具合が悪いのか?」 その表情はとても心配そうで。猫羅も同じように未亜の方を見ている。 「……いや、大丈夫。ただ今目の前に広がっているものが現実って思い知らされたことに頭が痛いだけだから。――というか、私は未亜だって……」 ちゃんとした名前があるのだから、キチンと名前は呼んで欲しいものだ。 しかし、零兎はそんなことはお構いなしに未亜のことを“アリス”と呼ぶ。 先ほどは一瞬懐かしいような不思議な気持ちになったものだが、それは気のせいだろうと思っておくことに未亜はした。 零兎は零兎で溜め息混じりの未亜を見て不思議がっていた。 零兎にとって、未亜は“アリス”以外の何者でもないということなのだろうか。 まったく真実が分からないまま未亜はまた溜め息を吐いた。 「んなこと言ったってアリスはアリスだろ?」 「もういいわ…アリスで」 兎に角、何度言っても無駄なのだ。 未亜は零兎に自分の名前を呼んでもらうことを諦めた。 猫羅が一応名前で呼んでいてくれるのだからいいだろう。 名前じゃなく、お嬢さんと呼ばれる回数も多いが。 「…で、結局ここはどこなの?」 未亜は隣でニンマリ笑顔を絶やさない猫羅に尋ねてみた。 パニックを起こし続けていても仕方がない。現実だと分かった以上、なるようにしかならないのだから。 未亜はそう思いつつ、猫羅を見上げる。回答を待っていた。 「君の魂の故郷」 「はぁ!?」 その回答は訳の分からないもので、未亜は素っ頓狂な声を出してしまった。 冷静に判断しようと思った矢先なのに、だ。 この変人達は頭のネジがどこか外れているのだろうか。いや、間違いない。確実に外れている。 瞬時に未亜はそう判断した。 「そう、アリスの故郷。アリスのいるべき場所だ!」 猫羅の回答に零兎も嬉しそうに答える。 何を言っているんだ、こいつらは。 未亜はそう思った。訳が分からな過ぎ る。 先程も魂の在処とか何とか言っていたようだが。 アリスの故郷?アリスのいるべき場所? 私の魂の故郷?? 本当に訳が分からない。 もっと分かりやすく、尚且つ納得できるように話して欲しい。 未亜は頭の中を整理しようにも出来ない状態だった。 この二人の言葉は曖昧で、未亜にとってはまるで謎掛けを解いているような気分。 決定的な言葉、回答を述べてはくれない。 そんな状態で理解しろといっても無理難題。 数学でいうならば、問題提示中の数字が消えてしまっているようなもの。 そんなことを考えつつ、未亜は決定的な言葉を得る為にもう一度零兎と猫羅に尋ねようとした。 言葉を掛けようとした瞬間、痛い程の鐘の音がそこら中に響き渡る。 「あ…な、に……!?」 「始まった」 零兎が呟く。 未亜は耳を両手で覆っていた。あまりの音の大きさに、気を抜けば音にやられてしまいそうで。 そんな状態で彼らを見上げてみると、そこにはさっきとは打って変わり厳しい顔をした零兎と猫羅の姿。 「アリス」 「未亜」 同時に零兎と猫羅が未亜を呼ぶ。 彼らは未亜の方を見ながら、ゆっくりと口を開いた。 「「アリスゲームが始まった」」 そんな不可解な言葉が彼らの口から零れたのであった。 ----- (10/01/07) ようやく鐘を鳴らせたー。 とりあえず、一旦切ります。 文章が長くなってゆく…! 東鴇 ← |