05


 とっさに、未亜は背を向けていたドレッサーに向き直り・・・自分の服装に、目を見張った。

 違和感を感じた首元から下には、白い丸襟の、袖がパフスリーブ状になった半袖のカッターシャツが。
 なにより目につくのは、蒼――少し濃い水色をした、裾の広がったワンピース。
 さらにその上からは、フリルがふんだんにあしらわれた白いエプロン。
 エプロンの紐は長いらしく、後ろで大きくリボン結びがされている。
 そして、頭にはワンピースと同じ色をしたふわふわリボンのカチューシャが。


 ――なんだって、自分はこんな格好をしているのだろうか。
 自分が今着ている所謂(いわゆる)コスプレに近い服装に、未亜の口元は盛大に引きつり、奇妙な笑みを讃えた。


「な、なな・・・・・・っ
 何っこの服〜!!?」


 思わず絶叫した未亜とは対照的に、零兎と猫羅はさも当然、というように、さらりと答えた。


「なにって・・・アリスの服に決まってるだろ」
「っていうかいつの間に!?ま、まさかっ私が寝てる時に貴方たちがやったの?!」
「俺たちは何もしてないよ。ただ、世界の理(ことわり)に適った、然るべき服装になっただけださ」
「は?」
「つまり、オレたちはアリスに何もしてねぇって事だよ。だいたいオレらがアリスの意志に逆らうわけが無いからな!」


 腰に手をあてて偉そうに胸を張った零兎に、未亜は胡散臭そうな眼差しを向けた(アリス呼びに対してはすでに諦めたため割愛した)が、妙に爛々とした目で主張する彼からそれが嘘ではないということが窺えた。
 だが、だからと言って今現在のファンシーかつメルヘンな服を着ている事に彼女はそう簡単に納得などできなかった。


「・・・・・・じゃあ、百歩譲って貴方たちが着替えさせたんじゃないってことにしましょう。なら、私は魔法少女よろしく素敵にメタモルフォーゼしたとでも?!なにそれファンタジー過ぎる・・・・・・!!」
「マホウショウジョ?」
「その・・・マホーショージョが何かは知らねえけど、アリスはアリスだぞ?」
「って突っ込むところはそこなの?!」


 またもやパニック状態に陥った未亜だったが、ズレた返事をしてくる二人にツッコミを入れることを忘れない辺り、理性はなんとか保たれているようだ。
 それを傍から見ると、一見とても和やかに見えるだろう光景である。


「いや、そんなことはどうでもいいんだって!結局、貴方たち何者なのよ!一体何の目的で私の部屋に侵入したの?」


 しばらくして、漸く脱線した話を戻すため、未亜は再び白黒コンビに問い掛けた。
 先程の「アオのアリス」という発言に懐かしさを感じたり、コスプレ擬(まが)いの現在の格好については今はひとまず置いておき――彼女が知りたいのは、ただその二点だけだった。
 二人からは怪しい臭いはぷんぷん漂ってきたが、危険な気配は感じない。
 だからこそ、何のために侵入したのかを知りたかったのだが、彼らから返ってきた答えは・・・ただ謎が深まっただけだった。


「それこそ今更じゃねえか?さっきも言ったが、オレは時計兎の零兎だ」
「そして俺はチェシャ猫の猫羅だよ」
「・・・いや、答えになってないから・・・・・・ま、まあ、今は良しとしとこう。あと、結局目的はなんなの?」
「あ?そんなの、アリスをアリスにするためだ」
「・・・・・・はい?」
「目的というより、俺たちの全て、かな。アリスの魂を完全にするのが俺たちの存在意義なのだから」
「・・・・・・」


 彼らと意思の疎通を測る事自体が間違いだったのだろうか・・・と未亜が半ば諦め掛けた、その時だった。


「「っ!!」」


 それまでどこか穏やかに会話していた(実際は啀(いが)み合っていただけ)二人に、急に緊張が走った。
 彼らはほぼ同じタイミングで、カーテンの引かれた窓に顔を向け、険しい顔つきをした。


「猫羅!!」
「わかってる。未亜、此処からすぐ出るよ。説明はまた後でするから」
「は?急に何言って・・・ってうわあ!?」


 言うが早いか猫羅はサッと未亜に近づき、軽がると彼女を横に抱き上げた。
 属に言うお姫様だっこだ。
 突然の出来事に顔を赤くしたり青くしたりさせたが、切迫した空気を纏い、相変わらず意味の分からない会話をする二人に未亜の混乱は増す一方だった。

 未亜がそうして混乱している間に、彼らは部屋の扉へと翔ていった。
 彼らの行動は、それはもう、素早かった。
 走りながら勢いをつけた零兎が扉を壊しそうな勢いで開け放ち、そのまま外へと飛び出していく。
 未亜を抱えた猫羅も直ぐに後に続いて外へと出ていった。

 未亜の部屋は、一軒家の二階の端の方にあり、本来なら扉からでると、それなりに大きい真っ直ぐな廊下が続くはずだった。

 そう――本来ならば。

 部屋を出た瞬間、濃い深緑の香りが胸を満たし、視界いっぱいに緑が広がった。
 一瞬それが何か分からなかったが、そこは家の中ではない屋外――いや。

 森の中だった。

 慌て出てきた場所を振り返ると、そこには部屋の扉があった。
 正確に言うと・・・森の中に、扉だけが一枚、そこに存在していた。
 扉は飛び出して閉めないままの状態だったので、見慣れた部屋の内部が見えた。
 扉の向こうには確かに部屋が存在していた。
 が、その周囲に広がるのは家の内部ではなく、まして壁でもない、木漏れ日の降り注ぐ、深い深い緑で。

 混乱極まった未亜はパニック状態に陥り――堪らず、叫んだ。


「な、ちょ・・・・・・何っこれ!!?てか、なんで、部屋の外が緑でいっぱいなのーー?!」
「っ未亜、いきなり叫ばないでおくれ。高いキーの音はただでさえ頭に響くんだから・・・・・・・・・それにしても、ギリギリ、だったみたいだね」
「・・・だな」
「いや、なに勝手に解決しちゃってるの?てか早く降ろして!ああもうこの状況はなんなのよ!!」


 未だ不明な会話を続ける二人につっこみつつ、羞恥と困惑、そして未知の物への恐怖から訳も分からず叫んでいたが、その勢いのまま、未亜は出てきたばかりの扉を再び振り返った。
 そして、


「ねえ!ほんとにさっきから一体なんなの?!だいたいなんで部屋の外が緑でいっぱいで扉が・・・って・・・・・・とび、ら・・・・・・・・・が・・・・・・」


 ――絶句した。

そこに確かにあったはずの、゙扉゙が。


「な・・・!」


 一瞬揺らめき、ぐにゃりと景色に溶けて――

   ・・・
 ・・・消えていった。

 誇大した表現ではない。
 比喩でもなく、文字通り、その輪郭がゆらりと歪んで、消え去ったのだ。
 そこに残ったのは、緑だけ。

 暫し言葉を失った彼女は、鳶色の目を大きく見開き、今目の前で起こった現象を理解し切れず、けれどそこから視線を逸らす事ができずにいた。


「――・・・ここ、は・・・


 ここは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どこ・・・?」




 声を絞りだすように、唇を戦慄(わなな)かせながら、酷く擦れた音で呟いた。
 すでに未亜の脳はそのキャパシティーを越え、何も考えることが出来なかった。
 呆然と、ただ扉があった場所を眺める他無かった。


 夢だろうか、現実なのだろうか。
 願うならば、夢であって欲しい。
 頭のどこかでそんな事をひたすら想った。


 扉の消えたそこにはただ。
 何事も無かったかのように、未亜を嘲笑うかのように。
 素知らぬ顔で、草花が揺らめいていた――




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(09/8/13)
すんません、散々延ばしに延ばしてこんなんしかできませんでしたorz
いつも以上に文にまとまりがなくて読みにくいですね;
いつか書き直す、かもしれません←
何はともあれ、東、後はよろしく!(丸投げ)

流間




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