03


「あー、今日も疲れた〜」


 未亜はお風呂からあがった後、ドサリと自室のベッドへダイブした。
 その上でゴロゴロしながら携帯を扱い、友人へたわいもないメールの返信をしたりする。
 そして、仰向のままで何となく部屋を見回しているとあるものが目に入った。


「……あ」


 未亜は本棚に収まっていたそれを、ベッドから立ち上がり手に取る。
 “ルイス=キャロル著. 不思議の国のアリス”


「私、これ持ってたんだ…」


 多分、母親が昔自分に読み聞かせていたもの。
 今まで特に気にすることもなく、むしろ存在を忘れていた。
 その本は随分触っていなかった為であろう、かなりの埃を被っていた。
 未亜はそれを軽く手で払い、中を開く。
 開いた瞬間幼い頃の記憶にある本独特の香りがして、懐かしさを覚えた。
 未亜はこんな話だったな、と思いながらページを捲っていく。

ウサギ穴
涙の池
堂々巡りと長い尾話
ビルのおつかい
芋虫の入れ知恵
ブタとコショウ
め茶く茶会
女王様のクロケー場……

 捲っていく毎に幼い頃に母親が語ってくれたこれらの話を思い出す。
 ヘンテコで不思議で…。何ともいえない感覚に陥る物語。

 その内、未亜はうつらうつらと船を漕ぐようになり、未亜の意識はゆっくりと闇の中へと沈んでいった。



◇ ◇ ◇



 深い闇の中、声が聞こえる。


『――ス』

(……まただ)


 微睡みの中、未亜はそう思った。
 また、誰かに呼ばれる夢。
 どうして、こんなに頻繁に見るのか。
 未亜には全く持って理解不能だった。
 声は次第にハッキリとしていく。


『…アリス』

(……何でアリスなんだろう)


 前の夢でも呼ばれた名前。
 アリス。
 そう呼ぶのは、可愛らしい女の子の声。
 未亜はそう呼ばれたいのだろうか、と頭を悩ませた。
 夢見がちのつもりはなかったのだが、本当は夢見がちで、心の底ではアリスとか呼ばれたい、という願望でもあるのだろうか…などと考えてしまう。


『アリス…』

(私は、アリスじゃないのに。だいたいアリスはあのルイス=キャロルの姪の名前で……)


 夢の中だというのに、未亜は溜め息を吐いてしまった。


『アリス…』

(……早く覚めたらいいのに)

『――迎えに来たよ』

「えっ…?」


 いきなり、未亜は夢の中で白い光に包まれた。


◇ ◇ ◇



「…オレのアリス、迎えに来た」


 夢の中で白い光に包まれ、驚き、ベッドから飛び起きた未亜の目の前には、手を差し伸べた黒い少年の姿があった。


「……」


 右目の大きな黒い眼帯、不思議な色をした跳ねた髪、胸に下がった金色の懐中時計、全体的に黒いパンク系の衣服、そして紅い瞳。
 見た目の歳は15歳ほど。


「…………」


 驚いて声も出ない。
 鍵を閉めていたはずの部屋の窓は全開になっており、更にそこには目の前にいる黒い少年とは対照的な白い少年の姿があった。
 その少年は白く長いダラリとした衣服に身を包み、これまた白く長い前髪に瞳が隠れている。
 こちらの歳は18歳辺りか。

 2人はそれぞれ黒と白で対照的な色と姿。
 そして、普通では見ない格好と髪の色。
 明らかに普通とは違っていた。

 未亜の驚き様を横目で見ていた白い少年は、のんびりと口を開き黒い少年に言った。


「いきなり過ぎで驚いてんだね。…それと、白兎。まだ決まった訳じゃないよ。彼女は候補の一人なだけなんだから…。それに、『オレの』じゃなくて、『俺らの』だろ?」

「煩ぇよ、猫野郎。オレがアリスっていったらアリスだっ!!それから、誰にもアリス渡すつもりねぇしっっ!!」


 突っ込みを入れた白い少年に対して、黒い少年は食ってかかるように言う。
 白い少年はそんな黒い少年の言葉を受け流し、またもゆっくりとした口調で言った。


「それは違反じゃないのかい?白兎。アリスは俺ら、アリス世界の主。俺らはアリスのものであって、アリスも俺らのもの。ひとりのものじゃあない」

「……それくらい分かってる」


 黒い少年は白い少年の言葉の後に続けて、ぶっきらぼうに言った。


「……分かっているならいいんだよ」


 そう言うと、白い少年はニンマリ笑った。
 猫、白兎、アリス世界……一体少年達が言っていることは何なのか。


「あ…あの、ちょっと!」


 いきなり始まった話に、未亜は焦り、目の前にいる2人の少年に呼びかけた。


「ん…何だい?」


 それに、白い少年が応える。


「あなた達、一体何者ですか…。いきなり『迎えに来た』なんて。しかも、不法侵入じゃないですか!!それに…猫とか白兎とか、アリス世界とか…何なんですか!?」


 未亜は先ほどの会話の中で、分からなかったことも含め、まくし立てるように一気に言った。


「質問が多いね……俺らはアリス世界の住人だよ」


 そんな未亜の様子に少し戸惑いつつも、白い少年はニンマリ笑顔のまま、始めの質問に答えた。


「アリス世界の住人……?」

「そう。俺はチェシャ猫の猫羅(ビョウラ)。そして、この黒いのが…」

「誰が黒いだっっ!!……白兎こと時計兎の零兎(レイト)だよ」


 白い少年…猫羅が言う前に、怒鳴りながら黒い少年こと零兎が名乗った。


「………チェシャ猫、時計兎」


 未亜はそんなことはあり得るはずなんかないと思い、もう一度確かめるように呟く。
 チェシャ猫やら白兎…時計兎など、あのルイス=キャロルの書いた、“不思議の国のアリス”に出る空想のキャラクター達だからだ。


「本気で言ってるの……?」

「うん?本気も何も。俺はチェシャ猫の猫羅だけど?」

「……何がだ?」


 どうやら、この2人は本気のようである。
 未亜は目眩を覚えた。
 一体目の前で何が起こっているのか皆目検討がつかないほどに。


「…さて、お嬢さん?」


 未亜が必死でグチャグチャになった頭の中を巡らせていると、猫羅がそう切り出してきた。


「はいっ!?」

「君の名前は何だい?」


 驚き裏返った未亜の返事にゆったりと猫羅は尋ねる。


「わ、私の名前?」

「そう、君の名前」

「……朝倉、未亜」


 猫羅のゆったりさに呑まれるように、未亜は自分の名前を答えてしまった。


「未亜、ね。いい名前だ」


 猫羅は嬉しそうにニンマリ笑った。
 その横で同じく嬉しそうに笑っている零兎が未亜の腕を取る。


「オレらはアリス…お前を迎えに来た」

「誘うは我ら『役持ち』の者」

「お前を完全な存在にする為に」

「我々が君を守り、君の道を誘おう」


 淡々と謎めいた言葉を二人の少年は述べていく。



「「 Welcome to Mia Asakura in Alice game. 」」



 その言葉が述べられた瞬間、未亜の意識はまた闇の中へ落ちていったのだった……。




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(09/03/19)

書きたい部分を書いて、更に何処で切るかをかなり悩みながら書いたら、異様に長くなった…っ!!←

兎にも角にもゆいはへバトーンタッチ!

東鴇




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