02 大量の課題を押し付けられた未亜にとって、悪夢のような数学の授業(執拗に質問攻めにあった)が終わった直後。 彼女の隣の席に居た友人が頭を軽く小突いてきた。 「あだっ」 「どーしたのさ未亜、あんたが授業中に寝るなんて珍しい」 「あー…うん…それが最近、ちょっと夢見が悪くって」 「夢見?」 そう、最近未亜は夢を見る。 真っ暗な空間で誰かに呼ばれているような、不思議な夢。 ただ覚えているのは呼ばれている、ということだけで、何と喋っているかは靄が掛かったように聞き取れないのでさっぱり分からないのだけど。 あまりに頻繁に見るためいい加減気になって、おちおちゆっくり眠れないのだ。 「なにかストレスでも溜まってるんじゃない〜?そうだ、カラオケ行こ!歌ったらちょっとはスッキリするでしょ」 「…それ、ただ自分が行きたいだけでしょ」 「あ、ばれた?まあ、睡眠不足は体にも悪いし、寝る前に何か温かいものでも飲んだら良いよ」 「そうだね…うん、今日はそうしてみる。ありがとう」 「いえいえー。ってああ!やばっ今日から掃除区域変わるんだった!未亜、また後でね!」 「あはは、いってらっしゃーい」 マシンガントークで一気にその場をまとめあげ、嵐のように去っていった友人を見送った未亜も、すぐに自分の担当する掃除区域に足を向けた。 ――ああ、そういえば 心の中で、彼女は一人呟いた。 いつもとは少し違った、今日の夢。 ――今日は、夢の中で誰かが言っていた事が、聞こえたっけ 「――アリス、か」 どういう、意味なのだろう。 「アリス」と聞いて思い出されるのは、数学者にして作家であるチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン、彼がルイス・キャロルの名で出版した、かの有名な「不思議の国のアリス」の主人公だった。 だが、どうして夢の中でそんな言葉が聞こえたのだろうか。 別段未亜には「不思議の国のアリス」に深い思い入れがあるわけでもない。 小さい頃に母親が読んでくれた物語の一つにすぎないのだ。 恐らくほとんどの人が知っているだろう物語。 今さらのめり込むほど子供ではないし、夢見る少女という性格でもない。 それに、聞こえたのは「アリス」という単語だけだった。 そのはずなのに、未亜は何故か、とても懐かしい気がしていた。 ――気がした、だけだが。 それにしても、夢だというのに妙に意味深な夢である。 「………まあ、いっか」 ――考えたって仕方がない だいたい、夢は夢 どこか引っ掛かるような気がするのだって、きっと最近ずっとこんな夢を見ているからだろう…。 彼女はそう結論づけて、いつの間にか到着していた目的地の掃除用具を取出しながら、大量に出されたあの忌々しい課題の山をどうやって片付けようか…と頭を悩ませ始めたのだった。 ◇ ◇ ◇ 同時刻、どこともいえない空間で、それらは時が来るのを待っていた。 「…もうすぐ、もうすぐだ」 ちょうど声変わりを迎えたばかりの、どこか幼さを残すような少年の声が響いた。 歓喜を抑えきれないようで、少々上ずった声音であった。 「ああ、近いね」 もうひとつ、低めの良く通る声が、楽しげに、愉快そうに少年の声に答えた。 「ようやく、会えるんだ」 「そう、長かったけれど漸く…会うことができる」 「――嗚呼…オレたちの、"アリス"に!」 歓喜とも、狂喜とも言えるその叫びは。 空気を震わせ、空間をも……震わせたのだった。 ◇ ◇ ◇ 「や、やっと終わった…!」 言い終わるや否や、腱鞘炎になりかけた手からシャーペンが零れ落ち、カラン、と音をたてて机の上に転がった。 今までの疲れを吹き飛ばすかのように、未亜は思いっきり両手を天井に向かって上げ、大きく伸びをした。 すでに教室には彼女以外誰も残っておらず、教室全体がオレンジ色に染め上げられていた。 グラウンドからは未だ微かに運動部の声が聞こえてくるが、直にそれらも聞こえなくなるだろう。 伸ばしていた腕を下ろすと同時に大きなため息が口をついて出てきた。 それから彼女は目の前のプリントの束を、親の敵かなにかのようにたっぷり睨みつけた後、また溜息をひとつこぼし、それらを片付け始めた。 「…っと。提出したら、さっさと帰ろ」 言うが早いか、未亜はさっさと荷物をまとめ、重い鞄を背負った後、どこか疲れたような足取りでその場を後にしたのだった。 ――その時の未亜は、遠くから彼女を見つめる二つの影にも。 無数の糸が複雑に絡み合って出来た運命が、足音をたてて近づいていることにも―― 本当に少しも……否、欠けらも気付きは、しなかった。 ----- (09/3/14) 口調が掴めません。 というか第三者視点で書くのに苦戦中。 どうしましょう(*´▽`) とりあえず、東にバトンターッチ!← 唯袙 ← |