月下美人



「その鉢は何ですか?」

部屋にこもりずっと書き物をしている小五郎さんにお茶を持って行くと隅に置いてある鉢植えに気が付いた。

「あぁ。いただきものでね。月下美人という珍しい花だよ。せっかくだから育ててみようと思ってね」

何でも年に一回一日だけ真夜中に開花するらしい。

「名前は聞いたことがあるけど見たことはありませんでした。きっととても綺麗な花なんでしょうね」

「じゃあ、咲いたら一緒に見ようか?咲くのはあと半月先かな。…夜中になると思うけど起こしていいかい?」

絶対約束ですよ?と言うと小五郎さんは優しく微笑んで、あぁ約束だって言ってくれるからほこほこと嬉しい気持ちで一杯になった。




「今宵あたりだと思うよ」
夕餉の後片付けをしているわたしに小五郎さんが告げる。

「わぁ!楽しみです!」

「わたしもちひろさんと見るのを楽しみにしているよ」

あれから小五郎さんの部屋を訪ねるたびにまだかな?まだかな?と緑色の長いギザギザした葉を眺めては小五郎さんと楽しみだね。と二人だけの約束に想いを馳せていた。
よし!今日は頑張って起きてよう!




「ちひろ… ちひろさん?」

「んっ… こごろうさん?…」

「今日が約束の日になりそうだよ」

目をしばつかせて見れば、ニコリと微笑む小五郎さん
あれ?わたし寝ちゃってた?自分の部屋で夜が更けるのを待っているうちにいつの間にか文机に突っ伏して寝てしまっていたらしい。

「大丈夫かい?」

「はい!全然大丈夫ですっ!」

慌てて身を起こして答えると肩を支えて立たせてくれる。小五郎さんはクスリと笑うと

「障子の向こうから声をかけたんだが返事がなかったから…」

そう話しながら綺麗な白い長い指でつつっとわたしの前髪を払う。

「…!!」

「跡、ついてる…」

どうやら寝ている時におでこに跡がついてしまったようだ。赤い顔で慌てておでこに手をやるわたし
クスクス笑いながら手を引いてくれて小五郎さんの部屋に向かった。




「わぁ!本当!もう少し」

鉢植えを見ると昨日は薄い朱色の蕾が上をむいていたが、今は色も白くなり蕾が膨らんで少しだけ先がほころんできている。

「今宵は花見と洒落込んで一緒に過ごそうか」

小五郎さんはお酒とわたしのためにお茶と干菓子を用意してくれていた。

夜中起きていることの特別感とこんな時間に食べる甘いもの。隣には大好きな人。
わたしはご機嫌でニコニコしながら咲きかけた花を見つめた。小五郎さんもそんなわたしを見て嬉しそうに杯を傾けている。

「…ちひろさん、少し耳をすましてごらん」

小五郎さんに言われて耳をそばだてていると花からカサリと小さな音が聞こえる。驚いて小五郎さんをみれば

「花びらが開くときこすりあって聞こえる音だよ」

わたしの近くに座りなおして囁く。
花の様子が幻想的だから小声で…近くで話しているのかな?でも…なんかこの距離にちょっとドキッとする。

「…清の国では漢方にも使われ、月下美人の花を食すると寿命が延びるとも言われているんだよ。花の香りが恋を成就する手助けをしてくれるとも…」

さすが博識だな〜。
それにしても…なんだか今日の小五郎さんはとっても妖艶!
いつもより妙に色っぽいし凄みがあるのは気のせい?
流し目のように花からわたしに視線を移すからわたしの顔は自然に赤くなり、益々ドキドキしてきて慌てて花に視線を移す。


―――そうして一刻ほど一枚ずつ花びらが開いていくのを見ながら言葉を交わしていると…

カサリと音が一つして花が咲ききった。
文月の少し欠けた下弦の月が開け放たれた障子の向こうから明るく差し込む中、華やかな花の香りが立ち込める―

「きれい…」

ほぅとため息をついて凛とした真っ白い大輪の花に見惚れてしまう。

「ね! 小五郎さん香りもこんなに…」

横を見た瞬間いつの間にかすぐ隣に来ていた小五郎さんに言葉を塞がれる。
いつもと違う触れるだけのものではなくしっとりと甘く。
上唇…下唇と何度も柔らかく啄むように小五郎さんの唇で挟み込まれ軽く吸われて

あっ…お酒の香り…

突然の甘い口付けに酔いしれていると

「あぁ、本当に綺麗だ…」

小五郎さんがふと唇を離してわたしの目を見つめて囁く。


濡れてきらりと輝く形の良い唇
わたしを捕らえ離さない切れ長の美しい瞳
小五郎さんの瞳に切なげな顔のわたしが写ってる…。
わたしの瞳にもきっと小五郎さんが…

甘く痺れてしまった頭で考えていると
頬を両側から優しく包み込まれ再び口付けが降ってくる。わたしの唇を割りツルっとした彼の舌が侵入してくる。驚くわたしを余所にそれはまるで別の意思を持った生き物のようにわたしの内を激しく荒らしていく。

…くちゅ…ちゅるり…

自分口から出る声でない音に羞恥し、顔が沸騰しそうなほど熱くなる。
同時に息が出来なくて鼻に抜ける声が出てしまう。

「…ん…んっ……ふぅっ…」

舌を絡み捕られ、弄ばれ苦しさに喘ぎ
顔を逸らそうにも身体を捩(よじ)ろうにも頬と腰をガッシリと抱えられ、身じろぎ一つ出来ない。

どれぐらいこうしていただろう。
抱き締めるられていた力が緩まり顔を静かに離されれば、わたしは肩で呼吸をしながらあまりの脱力感にぽすんと小五郎さんの胸の中に落ちる。


「花の…花の芳(かんば)しい香りに誘われて…わたしの恋も…今宵成就させたい」


耳もとでいつもより低い熱の籠もった声色で意思を持って囁かれる。

甘く鼓膜が揺らされゾクッとして思わず肩をすぼめる。

…恋を成就……それって…

目を見開いて小五郎さんを見上げれば、きゅっと指を絡めるように繋がれ首を傾けてニコリと微笑まれる。


覚悟はいいかい?


小五郎さんの瞳が囁く。

立ち込めるゆりの花にも似た高貴な香りに包まれて…
わたしは想いを込めてからむ指先に少しだけ力をこめた……




あとには闇に映え咲き誇る純白の花と差し込む月のひかり――――













――――――――
(あとがき)
月下美人は咲き方もドラマチックでとっても幻想的な花です。
少しでもイメージが伝わればと思います。
花(小娘ちゃん)と月(桂さん)をテーマに
月下美人は実は明治以降に認知された花と言われていますがあえて使用しました。
だって桂さんと一緒に月下美人の花見たかったんだもん!

(2011.6.26 桂小五郎生誕日執筆)

2011/06/26
なんとも艶やかで麗しい、甘い一時でしょうか…(ほわぁん)
素敵な物語をありがとうございます!正直、続きが非常に気になりますが、心の中でコッソリと…思う存分(←え)妄想するとしますw


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