序章「惑う」
布団を並べて、同じ部屋で眠るようになってから…
夜になるのが待ち遠しかった。
こんな風に、ただ側にいることが許される時間なんて…
昼間じゃ滅多にとれないから、嬉しくて仕方がない。
こうして温かく満たされているおかげで、ふとした瞬間に淋しさに襲われることもなくなった。
家族や友達を夢に見て、少し悲しくなったとしても…一人じゃない。
小五郎さんが居てくれる…
それだけで幸せなのに、落ち込んでる時には慰めてくれたり、励ましてくれたり…
気晴らしに色々な話を聞かせてくれたりする。
優しくて穏やかで、なんて温かい人。
わたしの大切な人達の筆頭で、特別な人…
心の支えであり、少しでも支えになりたいと思う…尊敬する大人の一人。
それから、剣術や作法と心得や料理の先生でもあるかも。
思い出したら心がぽかぽかしてきて…
クスリと小さく笑ったら、隣に横たわる人に声をかけられた。
「どうかしたかい?」
『いえ、なんでもありません』
「気になるじゃないか…」
『ただの思い出し笑いですよ』
「ふふっ ますます気になるね…何を思っていたのかな?」
『うーん……内緒です』
「……………」
「…麻琴さん?」
『はい』
「ちょっと此方においで」
『?…はい』
*
『どうしたんですか?』
此方においでと私が呼べば、彼女は素直に従った。
いつもいつも邪気の無い明るさと笑顔で皆を和ませ、活力を与えてくれる、
決して私の思惑通りにはならず…予想外の行動を起こす数少ない人物。
どうやら未来から来たらしい、不思議な娘さんだと思っていた。
最初はただ、それだけだった筈なのに…
そこから自覚に至るのに随分と時間を要したが、
今では私が心から大切にしたいと願う唯一の女性(ヒト)だ…
彼女の手首を優しく掴み、促すように引き寄せて…招いた身体をふわりと布団に包み込んだ。
その華奢な身体を抱き寄せれば、照れたのか背中を向けられてしまったが…
それでも私は諦め切れず、後ろからそっと抱き締めた。
彼女の暖かさと、伝わってくる心音に安らぎを感じ…
柔らかさと、特有の香りに私とは異なる性を感じて…
なぜだか胸が締め付けられた。
――ねぇ?麻琴さん…――
「・・・・好きだよ」
腕にいっそう力を込めて、私は小さく呟いた。
本当は好きで好きで堪らないくせに…そうは言えない自分がもどかしい。
でも、きっと口に出したら止められないのだと思う。
この想い……計り知れない…
こうして側に居てくれるだけで十分に幸せなのに、その先を望むなど贅沢な話だ。
彼女はまだまだ若く、先は長い…
私の身勝手で将来を縛るようなことは、決してあってはならないと思う。
そして、時期が時期なだけに尚更…
事を急ぐのは賢明ではない。
分かっているのに、分かっていたのに…
これまでの衝動を止められなかったのは、やはり相手が君だからこそ…
貴女に心を奪われて、私は「ただの男」に過ぎないのだと気付かされてばかりだ。
そして落胆混じりの発見が続いても、知らぬままよりは良かったと思う…
そんな自分が不思議であり愉快でもあった。
――恋に惑うのも悪くない――
2011/01/24 改訂
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