序章「惑う」







布団を並べて、同じ部屋で眠るようになってから…
夜になるのが待ち遠しかった。


こんな風に、ただ側にいることが許される時間なんて…
昼間じゃ滅多にとれないから、嬉しくて仕方がない。

こうして温かく満たされているおかげで、ふとした瞬間に淋しさに襲われることもなくなった。
家族や友達を夢に見て、少し悲しくなったとしても…一人じゃない。
小五郎さんが居てくれる…

それだけで幸せなのに、落ち込んでる時には慰めてくれたり、励ましてくれたり…
気晴らしに色々な話を聞かせてくれたりする。


優しくて穏やかで、なんて温かい人。


わたしの大切な人達の筆頭で、特別な人…

心の支えであり、少しでも支えになりたいと思う…尊敬する大人の一人。


それから、剣術や作法と心得や料理の先生でもあるかも。


思い出したら心がぽかぽかしてきて…
クスリと小さく笑ったら、隣に横たわる人に声をかけられた。



「どうかしたかい?」

『いえ、なんでもありません』

「気になるじゃないか…」

『ただの思い出し笑いですよ』

「ふふっ ますます気になるね…何を思っていたのかな?」

『うーん……内緒です』

「……………」

「…麻琴さん?」

『はい』

「ちょっと此方においで」

『?…はい』











『どうしたんですか?』


此方においでと私が呼べば、彼女は素直に従った。

いつもいつも邪気の無い明るさと笑顔で皆を和ませ、活力を与えてくれる、
決して私の思惑通りにはならず…予想外の行動を起こす数少ない人物。


どうやら未来から来たらしい、不思議な娘さんだと思っていた。
最初はただ、それだけだった筈なのに…

そこから自覚に至るのに随分と時間を要したが、
今では私が心から大切にしたいと願う唯一の女性(ヒト)だ…


彼女の手首を優しく掴み、促すように引き寄せて…招いた身体をふわりと布団に包み込んだ。
その華奢な身体を抱き寄せれば、照れたのか背中を向けられてしまったが…
それでも私は諦め切れず、後ろからそっと抱き締めた。

彼女の暖かさと、伝わってくる心音に安らぎを感じ…
柔らかさと、特有の香りに私とは異なる性を感じて…
なぜだか胸が締め付けられた。


――ねぇ?麻琴さん…――


「・・・・好きだよ」



腕にいっそう力を込めて、私は小さく呟いた。

本当は好きで好きで堪らないくせに…そうは言えない自分がもどかしい。
でも、きっと口に出したら止められないのだと思う。

この想い……計り知れない…




こうして側に居てくれるだけで十分に幸せなのに、その先を望むなど贅沢な話だ。

彼女はまだまだ若く、先は長い…
私の身勝手で将来を縛るようなことは、決してあってはならないと思う。

そして、時期が時期なだけに尚更…
事を急ぐのは賢明ではない。



分かっているのに、分かっていたのに…

これまでの衝動を止められなかったのは、やはり相手が君だからこそ…


貴女に心を奪われて、私は「ただの男」に過ぎないのだと気付かされてばかりだ。
そして落胆混じりの発見が続いても、知らぬままよりは良かったと思う…
そんな自分が不思議であり愉快でもあった。



――恋に惑うのも悪くない――










2011/01/24 改訂


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