毎朝の不思議 [1/26]
ぐつぐつと根菜の煮込みが出来上がってゆく音と熱気の中でいま、わたしは少しずつ慎重に、切り離さないように丁寧に、野菜の皮を剥いていた。
いわゆる桂剥きというそれをやるのは初めてで、リンゴの皮むきと同じかと思いきや全く異なる感触に、わたしは肝を冷やしていた。

それは後ろから見守る桂さんも同じみたいで……時々わたしの手元を覗いては何かを言いたそうにしてて、だけどわたしの集中を妨げまいと口を噤んでくれているようだった。

(どうしたらもっと薄くスムーズに出来るのかなぁ?)

そんな事を思いながら少し力んでしまった瞬間、すべるように皮を切り離して右手の包丁が左手の親指に軽く食い込む。


「あっ・・・」

「どうかしたかい?」

「……いえ。何でもありません」

「沙織さん・・・」


咄嗟にそう答えたけれど、やっぱり桂さんにはお見通しだったみたいで……ふぅ、と溜め息混じりに名前を呼ばれた。なんだかそれだけで申し訳なくなって、わたしはついつい謝ってしまう。


「ごめんなさい・・・」

「隠しても分かるのだからね?手を出してごらんなさい」


おそるおそる差し出すと、思い切り眉間に皺を寄らせた困り顔をされてしまった。
やっぱりね……こうなると思ったよ。そんな風に言われそうで身構えていると、心配そうに気遣う声が聞こえる。


「血が滲んでいるじゃないか・・・痛むかい?」

「は、はい……でも、ちょっとだけなので。傷は浅いと思います」


私の手を取ってまじまじと見つめる桂さん。
どうしてこんな事になってしまったのか……わたしは恥ずかしくて俯いてしまう。とても見ていられない。
手を取って凝視されるのが、こんなに恥ずかしいものだなんて思わなかった。


「そうだね、深くはないようだ。けれどもっと慎重にやってくれないと困るよ……」

「はい・・・すみません。気をつけます」


お手伝いしたかっただけなのに、かえって迷惑をかけてしまってる……そう思うと居たたまれないけれど、もっと上手になりたくて……
桂さんの手つきを思い浮かべながら、わたしはもう一度まな板の大根と向き合った。











私にもやらせて欲しいと頼み込まれ、彼女に任せることにしたはいいが、その手つきは実に危なっかしくてとても見ていられないものだった。彼女独自のやり方なのか、今にも指先を切ってしまいそうなのに、なぜか事なきを得ている・・・

そう思っていたのも束の間。ついに指先を傷つけてしまった彼女に、私は何と言ってやれば良いのか分からない……
しゅんと肩を落として小さくなってしまった彼女を前に、“出来ないのなら始めから手伝うなどと言わないで欲しい”という本音が、いつもなら簡単に言い放てるそれが、なぜか憚られてしまう。

再び持ち場に戻った彼女の背中を眺めながら、やれやれと溜め息を一つ。
言いながら微笑んでいることに、私は気付いていなかった――


「もっとこうして、水平になるように意識してごらん」

斜め後ろから彼女の両手に自分の手を添え、桂剥きを指導する。一瞬だけ驚いて固まっていた彼女だが、私の助言に熱心に耳を傾け……とても素直で柔らかい頭のせいか、上達したい意気込みが強いせいか、私の教えをするすると飲み込んでゆく。


「そう、そのまま上下にゆっくり。薄く剥こうと力まずに、切り離さないことに集中してごらん」

「……………」

「間違っても強引に押し進めてはいけないよ。包丁は滑らせて切るものだからね」

「……………」


しばらくすると、私の補佐がなくとも切り進められるようになっていた。
真剣に、一点集中してものに取り組む姿勢は流石だと言わざるを得ない。それは先日の訓練も然り――

彼女の真面目で直向きな様が朝日に照らし出され、よりいっそう輝いて見える。
それがとても眩しくて、同時に好ましく映るのは……

恐らくは、朝日がもたらす幻影に過ぎないのだろう――





2011/09/09
カツラーの同盟「桂剥き隊」での投稿サンプルのSSです^^



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