散歩道 [2/3]


街を抜けて坂を登り、わたし達は河原道に出ていた。

側を流れる小川はいかにも清流といった感じで、
川底の石がよく見える。
日光が水面を反射して輝く様は鏡のようで、
跳ねる細かな瞬きと広がっては消える波紋と渦が水中の生き物を感じさせた。

――綺麗―――

わたしはしばらく小川に見とれたあと、
ぼんやりと考え事をしながら歩いていた。

やや川幅のある浅瀬に出ると、そこには子供達の遊ぶ姿があり、
当たり前だがみんな着物姿だった。
未だに見慣れぬその光景を、わたしは七五三のようだなと思う。


河原に出てからの人通りは少なくて、武市さんの歩みはゆったりとしていた。

その様子にここが目的の散歩道なのかもしれないと思い、
わたしは改めてその情景を味わった。

子供たちの賑やかな声が遠ざかり、川の流れる音が耳によく響いて……
そのリズムに合わせるように、規則正しく足音を踏み鳴らした。

時折あった釣り人も見かけなくなり……だいぶ川幅が狭くなったところで、
これまで武市さんの後姿を追うように歩いていたわたしだったが、歩調を早めて武市さんの隣に並び出た。

伺うように見上げれば、優しく微笑む武市さんと目が合って、
それを肯定と受けとめたわたしは、微笑み返してから前を見つめ歩き出した。


――よくよく考えてみれば、これって何だかデートみたい…――


そんな事をのんきに考えていると、ふいに武市さんが語りかけてきた。


「ここは静かでいい……宿に居ると騒がしくていけない」


――それってもしかして、龍馬さん達のことを言ってるのかな?――

彼らの仲の良さを毎日のように目の当たりにしているわたしには、
その発言が可笑しかった。
ふふっと笑顔をこぼしていると、武市さんが不思議そうな顔で尋ねた。


「君は騒がしいとは思わないのか?」

わたしはコクリと頷いて、
『たのしいです』と音を発さずに呟いた。


「そうか。だがそれでは考える暇もないだろう……
 君は、もっと自分のことに専念するべきではないか?」

――自分のこと?――

「いつまでもこのままでは困るだろう?

 医者は君が話せなくなったは心因と言っていた……
 おそらく心の悲鳴が頭を凌駕したのだろう……
 ならば、頭で心を理解してやることだ。協力は惜しまない……
 思う存分に考えて悩み、答えを見つけ、心を解放してやりなさい」

――どういうこと?――

「来なさい」


そう言うと武市さんは水際に歩み寄って、草原に腰掛けた。
羽織を脱いで隣に敷くと、そこに座るように促す。
わたしは少し抵抗を感じたが、話の続きが気になって……
素直に従うことにした。


「君は自分の心に正直かい?向き合えていると思うかい?
 沢山のことが身に降り掛かり、何も感じぬわけがない……
 きちんと理解してやっているかい?
 一つ一つ思い起こしてみるんだ。原因が、答えが見えてくるから……」

――でも、わたしは…――



わたしは考えあぐねていた。

原因ってなに?

声が出なくなった原因は心にあって、わたしがそれを理解してないから治らないの?

一つ一つ思い起こすって……いったい何を思い起こせばいいの?


幕末に来て、龍馬さん達に助けられて、養ってもらって、
一緒に帰る方法を探してくれてて、みんなと一緒にいると賑やかで楽しくて……

わたしはスゴく恵まれてるのに、不満や悩みなんてあるワケないよ。


そりゃまぁ、時には事件に巻き込まれそうになって、怖かったことはあるけど。


みんな良い人なのに手配されてて、幕府に、新撰組に命を狙われてて……

でも新撰組の人も本当は優しい人達ばかりで、必死でで京を守ろうとしてて……

そして寺田屋のみんなも京を、日本を守ろうとしてる。

念い(おもい)は同じなのに殺し合う時代。


考え方が違う“志が違う”というだけで、どうして?


みんな同じ日本人なのに・・・

それぞれに家族や恋人といった大切な人がいるのに・・・



――…あれ?――



わたしはいつの間にか自分ではなく、みんなの事を考えていることに気付いた。

一緒に暮らす内に、大好きになってしまったみんなのことを憂いている。
この先の運命を嘆いているのだ。できることなら助けたい・・・と。


ちっぽけな自分。

いくら剣術の心得があっても、この時代では飾りもののようで、
自分の身もろくに守れず、寺田屋の面々には迷惑や心配をかけてばかり。

そう思うと、次第にやるせなさや悔しさ……無力感が募ってくる。



――まるで、出口の見えない道を彷徨ってるみたい……

 自分が元の時代に帰れないことよりも、
 武市さん達が死んじゃうかもしれないことの方が
 きっとずっと辛くて苦しいんだ……

 そして、いつ起こるとも知れない“その時”が恐くてたまらない。

 なにも変えられない、
 力を貸す事も出来ない自分が腹立たしくて息が詰まる……


 わたし…どうしたらいいの?

 どうすれば楽になれる?―――




“どうしたらいいのか分からない。何も出来ずに、時間だけが過ぎてもどかしい”

その気持ちにようやく気が付いたわたしは、改めて真剣に…懸命に…答えを探した。

でも そう簡単には解決策は見い出せない……




――なにか無いの? 何か、みんなが、なにか安全に暮らせる方法はないの?

なんにも出来ないなんて嫌だよ…
このまま成り行き任せにするだけなんて。
悔しい……
なんで何も思い浮かばないの?


胸の奥が苦しい。
何かが詰まってるみたいな異物感がある……



こんなことなら気付きたく無かったな……



ううん、違う……わたし、きっと知ってた……

わざと気付かないようにしてたんだ……

わざと見ないようにして、自分の気持ちから逃げてた。


だって、向き合ってしまったら苦しくて動けなくなるから。



ねぇ、武市さん……

答え、見つからないの。


わたし……どうすればいいですか?――










2010/11/28
longにある「君の声」は、そもそもこの散歩シーンが書きたくて始まりました。
最初からピンポイントで書けたら良かったのに、才能なくて……寄り道まわり道して漸く到着です(苦笑)



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