一年後あなたと [15/26]
――ここは清水寺――
沢山の人や物の動きを同時に見渡すことが可能な、ここからの眺めが私は好きだ。
雄大な自然を眺めていると、不思議と我意に向き合える。
今日ここへ来たのも、ものの見方を変えられるこの場所に、
心に残るわだかまりを解くための手がかりを求めていたのだろうか。
以前は考え事の際によく訪れていたが、
あの事件以来どうも行く気になれずにいた。それなのに…
――思えば桂から木戸姓に改めて以降、訪れるのは初めてか――
自分でも判らない。自然と足が向いていた。
穏やかな風に当たりながら、この一年を振り返る。
思い出されるのは彼女のことと彼女への行いばかり。
――今頃どうしているのだろうか――
あの時、私は彼女のためと必死に心に蓋をして…
易々と納得する筈の無い彼女に対し、半ば不本意な形で…
突き放すように、未来へと送り返した。
本心では共に在りたかった…それは彼女にも悟られていたことと思う。
だが我々と行動を共にしては、常に危険が纏わりつく。
もとより、今の世よりも格段に安全な場所に生まれ育った娘…
帰る術が見つかったなら、道理に添った答えは一つ…
家族の元へ、生まれ故郷へ帰すのみ。
そうすべきだと断言できずにいたあの頃の私の方がどうかしていたのだろう。
実際私は、思い起こす事は多々あるが…今となっても送り返したことを後悔していない。
いつかは私のことも忘れ、別の誰かと共に生涯を…
君が幸せに暮らせるのなら、それでよいと心から思える。
血の流れない安全な場所で、仲間の無念に心を痛めることもなく、衣食住に悩むこともなく、どうか平和に…
ほんの短い期間ではあったが、彼女と出会い、共に過ごしたこの地には思い入れがある。
京との別れが迫っている…もしかしたら私は街の見納めに今日この場所へ訪れたのかもしれなかった。
*
かけがえの無い友までも失って、ついに一人になろうとも、
師の教えと友の魂が、彼女への想いが、私を支える。
残された私には、彼らの分まで戦い生きる義務がある。
平和な未来に戻った彼女のためにも、やり遂げるべきことがある。
粛々と過ごす日々に淋しさは皆無と言えば嘘になるが…成すべき大事が山積みだ。
まだ、終わらない。
己の幸せなど、後回しでよい…
そもそも、彼女なしに私は愛に満たされることは無いだろう。
ならば考えるだけ無駄というもの……
ただひたすら眺めに現を抜かし、遥か彼方に想いを寄せて…
半刻ほど過ぎてようやく帰ろうとした際、一人の娘に目が奪われた。
年の頃は二十歳前後だろうか…
普段なら誰であろうと魅入る事はないのだが、私はその娘から目を離せないでいた。
なぜなら娘の顔が見知った人に見えたから。
見れば見るほど彼女によく似ている…
別人なのは承知の上だが、双子かと思うほどに瓜二つなので驚いた。
記憶の中の彼女より、やや大人びた雰囲気ではあるが…
――似すぎている…――
思わず凝視してしまっている私の視線に気付き、娘がこちらを向いた。
驚愕の眼差しを当てつけては、不審に思われるのが目に見えているが…私は目を反らせない。
さもすれば娘は怪しむような顔をして、早々に立ち去るだろうと思った。
しかし、何故だか娘の方も視線を外さない。
私を見つめ返していた。
緊張にも似た凝視と沈黙を破ったのは彼女の方だった…
終始無表情だった彼女がふっと儚気に微笑んで、
くるりと向きを変えて目の前から去ってゆく。
その瞬間、その仕草に、私は言い知れないものを感じた。
――ま、まさか……!――
走ってもいないのに鼓動が激しく脈打った。
瞬きすら出来ずに絶句した直後、私は小走りに彼女を追いかけていた。
そして後ろ姿が近づくにつれ、風が懐かしい香りを運んでくる。
――そんな筈はない……!――
有るはずが無いのだと言い聞かせながら、地を蹴る足は止まらない。
確かめずにはいられなかった。
彼女が、彼女は……いったい何者なのか。
「君!」
『………』
「呼び止めて申し訳ない、貴女は…」
立ち止まった娘を前に、私は言葉に詰まった。
――初対面の相手に一体なにを聞くというのだ――
*
『お久しぶりです、桂さん。あ、今はもう木戸さん…ですか?』
振り返ってすぐに発せられた一言で、全てがわかった。間違いなく……彼女だ。
「どうして…君が…なぜ…?どうして…っ」
――…っ!うまく言葉が出ない…落ち着け……――
なぜ、どこでどうなって、いつから彼女はこの時代に?
再び、未来からやって来たのか?
それともあの時、元の時代には帰れなかったのだろうか…
だとしたら何故そう言ってくれない?
どうして私に…、私達の元に戻って来てくれなかった…
今は一体どこで何をしているのか。
尋ねたいことが多過ぎて言葉に詰まった。
こんな時分こそ冷静であるべきなのに、それも叶わず…
言葉より先に、私は咄嗟に彼女の腕を掴んでいた。
この懐かしい心の作用もまた彼女からの賜りもの…
やはり、彼女なのだ……
ここにいるのは、一年前に別れた彼女そのもの。
『今の私は、桂さんと別れた時の私じゃありませんよ』
まるで私の思考を読んだように彼女が言葉を発した。
『今の私は、あの時から五年後の私です』
「!?」
『この時代に再び辿り着いてからまだ半月だけど…もう二十三です。少しは大人っぽくなったでしょ?』
そう言って照れたように笑う君。
確かに記憶に残る彼女より、大人びたように思うが…笑顔は以前の彼女そのままだった。
「どうして…言ってくれなかった…」
こんなこと、私が聞ける立場ではないが…聞かずにはいられない。
『それは……小五郎さんが、私がいたら足手まといで迷惑だって言ってたから…』
「………っ!そ、それは…!」
――ホントは違う――
本当の理由は、それじゃない。
私は…
きっと臆病だったんだと思う。
現代で平和に過ごす内に、だんだん失った思い出が蘇ってきて…
記憶を完全に取り戻してからは、会いたくて、会いたくて、……堪らずに。
それから神社探しに手を尽くし、身辺整理をして…
どうにかこうにかやっと来たこの時代は、私が最初に訪れた時より一年半ほど後の時代だった。
役立たずなのは十分に自覚してた事だから、なかなか会いに行く勇気が出なかった。
会いたくて遥々やって来たのに、
いざ時を越えて再び幕末に降り立った時には…
今度こそ迷惑かけたり、お世話になってばかりではいけないと思ってた。
側に居たらきっと余計な心配ばかりさせてしまう…それでなくても大変な時代なのに。
それに現代で少し歴史をかじったから、桂さんが木戸さんになって…
誰かと結婚することも分かってた。
だから尚更…
消えた私の再来は、この人を困らせるだけだから……
側で見守りたいと思ったの。
同じ世界に生きていること、会おうと思えばいつでも会える事実が、
常に私の心を支え、満たしてくれていた。
顔を合わせなくてもいい…時おり遠くから姿を見られるだけで、幸せ。
そう思えるようになった頃、こうして会ってしまうなんて……
――神様のイジワル――
私は掴まれた腕を眺めながら、小五郎さんに問いかけた。
『桂さん、いま…幸せですか?』
――この子は…なんてことを聞くんだ――
“君が居なくなって私は幸福だ”とでも言わせたいのだろうか…
私は彼女の顔をそっと持ち上げ、目を合わせた。
涙をたたえ、必死に堪えようとする姿に、あの頃と変わらぬ彼女の本心を見る。
「沙織…」
君は戻って来てくれたのかい?
私のために、遥か彼方の故郷を捨てて…?
「私は、君なしで幸せになんかなれないよ…」
「会いたかった……!」
ゆっくりと、次第に力強く…
その存在を確かめるように、私は沙織を抱き締めた。
――もう二度と離さない――
2011/01/07 wrote 2011/01/12 open
幕恋18題さまの企画「一人一題」参加作品です。
後日イラスト挿入予定☆
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