茜色の空 [1/5]

すり抜ける春の香りが心地良い時節…
所用を済ませた男は少しばかり遠回りをして帰ろうと、山道を縫うようにして歩いていた。
やがて小さな丘の僅かな更地に辿り着くと、足を止めて景色を覗く。
何気なく広がる空には赤く染まった夕焼け雲が棚引いて、遥か遠くまでその色を馳せていた。

薄暗くあっても色鮮やかに映る、それでいて優しさと温もりが混ぜ合わされたような色はまるで、まるで……


「まるで何だと言うのだ…」


男は一人呟きながら、広い空に向かって睨みを利かせて毒を吐く。


(お前に一体なにがわかる…)

(お前が一体、私の何を知っていると言うのだ…)

(言えるものなら言ってみろ、ただ下界を見下ろすだけの能無しのくせに、この世の全てを見てきたつもりか)


「この私に、偉そうにものを言うな…」



理不尽な叱責を受けた夕焼け空に浮かぶ雲は、それすらも受けとめるように、
素知らぬ顔でただゆっくりと、たおやかに西に向かって流れ、
そして時空すらも昇ってゆくのかのように、計り知れない広がりを見せつけた。

それに言い向かう者など何処にもいない、この大久保利通を除いては…

大自然に楯突く物言いは、ごくごく自然にかき消えて、
徐々に鮮やかな色合いは薄れ…やがては闇に染まるだろう。
それは何時の時代も変わらずに、今も昔も、そして数百年の時を越えても繰り返される真実……
大久保利通は、まるでそれが気に食わないとでも言うかのように…ふんっと小さく息巻いて、止めていた足を再び進ませた。




「大久保さん」


直後にかけられた声に振り向くと、よく知る男が立っていた。
こんな所で会うなんて奇遇ですね…と、男は無機質に微笑みながら寄ってくる。


「なんだ、君か…」

「ふふっ、まるで誰かを待ちわびていたかのような口ぶりだ」

「…………」

「空を見上げて、想い人でも描いてらっしゃったのですか」

「…………」


見透かしたような物言いは気に食わないが、当たらずとも遠からずな言の葉を、大久保は押し黙って聞いていた。


「私もですよ、大久保さん…」

「?」

「こうして空を眺めていると、彼女を思い出すのです。明るくて、優しくて、この空模様がよく似合う…可愛らしい娘さんでしたよね」


ちょっと変わっていたけれど…そう言ってクスリと笑った男の名前は桂小五郎。
彼と大久保は旧知の仲というわけでは無いにしろ、敵対していた時期があることが嘘のように、
今では未来への志という強い絆と只ならぬ縁(えにし)で結ばれていた。


「ふんっ、君ともあろう者があんな小生意気な小娘ごときに絆(ほだ)されるとはな…」

「おや、その小娘を自ら進んで囲っていたのは何処の何方でしたかな?」

「あれはただの気まぐれに過ぎない。それにあの娘は坂本君達が懇意にしていた者……それが不遇な目に合っては彼らに申し訳が立たないからな、彼らの意思を尊重したまでだ」

「そうでしたか…では、そういうことにしておきましょうか」


分かったような言い方で、分かっていないを訴えながら…
彼のその滅多に揺らがぬ冷静な目が、ジッと大久保を捉えたと思ったら、スッと視線が逸れて空へと注がれた。
それを追うように大久保も再び振り仰ぐと、薄く幾重に連なって、視界一杯に広がっていたはずの雲間から一筋の光が漏れていた。
月明かりにしては強過ぎるそれが、降り注ぐようにして照らすのは、日本が誇る京の街……

美しくも不思議な光景に目を奪われて、驚きに笑顔を織り交ぜながら…桂小五郎が呟いた。


「元気でやっていますかね…彼女」

「…ああいう一本気の激しい馬鹿者は、そう易々とはくたばらないものだ」

「ふふ、そうですね…強くて優しい娘さんでしたね」

「まぁそういう風にも取れなくもないがな…」


そう言って街を見下ろす二人の瞳には、空と雲の茜色が映り込んでいた。







――沙織、今お前はどこにいる?



 必ず戻れ。いつになっても構わない・・・

 私はお前を、ずっと待つ――










2011/2/24
夕焼け空を眺めながら……




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