貯古齢糖 [2/5]

私は歩き疲れた足を引きずって、とぼとぼと帰路についていた。

うすうす気付いていたけれど、この時代にバレンタインなんてイベントがあるはずがなくて…
街の風景はいつもと何ら変わらない。
なんとか理由をつけて一人で買い物に出てはみたものの、
チョコレートはいくら探しても見つからなかった。


慣れない着物や履物で歩き回った数時間、スポーツの後とは違った疲れが蓄積されてしまい、
それでなくても気落ちしているというのに…溜め息が止まらない。

おまけに代替えの品も思い付かず…
私は当日になって始めた安易な計画を悔いていた。


(この時代の人は知らない未来の習慣だし、無理にこだわる必要はないのかもしれないけど…)


それでも私がこうもバレンタインにこだわってしまうのは、
これを機にあの人に感謝の気持ちを伝えたいからなのか、
いつかこの習慣が彼らに知れた時にガッカリさせないためなのか…

果たしてどちらだろう?


(あれ? でも私がもし、何もしなかったら……?)

(あの人は、ガッカリしてくれるかな? このイベントを知ったら、期待…してくれるのかな?)


マイナス思考が一転し、なにやら方向性が変わってきたところで…
私が住まわせてもらっている所の目の前に辿り着いた。

立ち止まって一息つくことで気持ちを切り替えると、
私はとりあえず自室に戻って計画を練り直すことにした。





『ただいま戻りましたー』


部屋に戻る途中に伝えられた言付けで、あの人が私に用があるということを知り…
私はそのまま自室を通り過ぎて彼の部屋に向かったのだった。


「小娘か、入れ」

『失礼します…』

「用事とやらは済んだのか?」

『あ、はい 一応…済んだことにはなるのかな?』

「問うているのはこの私だ。自分のことも判らないとは、ふむ…不憫な奴だな」


私が思わず首を傾げて疑問符で答えると、大久保さんが呆れたような口ぶりで言い放った。

彼のそんな素振りはいつものことではあるけれど、何故か今日はチクリと胸が痛んだ…

(自分ことなのに…か。私、何がしたかったのかな…)


『私にもイロイロ考えがあるんです… もう、揚げ足とらないで下さい』

「私は事実を指摘したまでだ」

『…はぁ。それで大久保さん、私に用って何でしょうか』

「ふっ、上手く逃れたな…まぁいい」

『・・・・・』

「先ほど坂本君が急に訪れたかと思ったら、珍しい土産を貰ったと言って取り分けてくれてな…小娘の分もある。おまえはこれが何か知っているか?」


そう言いながら取り出した包みを開いて見せる大久保さん。
中には黒っぽい塊というか欠片のような物があり、それはどこか見覚えがあるような…ないような…?


『あっ!!これ、もしかしてチョコレートですか!?』

「やはり知っていたか…貯古齢糖と言う珍しい南蛮土産だそうだ」

『ちょこれいとう…』

(微妙に名前が違うけど、中身は同じなのかな?なんか、岩みたいに固そうなんだけど…)


私がジッと眺めていると、大久保さんが可笑しそうに言い放った。


「なんだ…?小娘にもこれは珍しいものなのか?」

『いえ、そういうわけではなくて…でも私の知ってる物とは少し違うみたいなんです。私の知ってるチョコレートは、もっとこう…色が薄くて、甘い匂いで、色んな形があったり、飾りや模様があって……
それで、毎年この時期は街中がチョコレートを売り出すから、その中から気に入ったものを探し出すのが楽しみでした』

私が思い出したように笑いながら話をしていると、
なにやら複雑そうな、不思議そうな顔をして聞いている大久保さん。
そんな彼を横目に、私もプレゼントしたかったなと改めて思う。

(まさか龍馬さんに先を越されるとは思わなかったなぁ・・・もっと早くから調べておけばよかった。24時間いつでも何でもスグに手に入る時代じゃないんだし…失敗したぁ)


そうして選んだチョコレートを、家族や友達や、大切な人に贈る習慣があるのだと…
本命チョコや義理チョコと呼ばれているのだと…いろいろと説明を終えた時、
ふと目が合った大久保さんは、どことなくムスッとしていて怒ったような空気を纏ってる。

(あれ・・・?)


「なるほど、未来にはそういった風習があるのか……しかし解せないな。これまで私は義理貯古とやらを受け取った覚えがないのだが…思い違いか?でなければこの私の世話になっておきながら、義理の一つも返さないなどという…そんな不条理なことがまかり通って良いのか?はぁ、なんと嘆かわしい……」

『…………っ!』

(やっちゃった…これぞ自爆行為! ど、どうしよう…)


やや態とらしさが漂うものの、彼のもの言いが儚げで、
普段の口調で言われるよりもずっと強く責められているような気がするから不思議……
これは、意図してそう振る舞っているのだろうか…

(私、そんなに怒らせちゃったの?)


『あ、あの…実は、今日はそれで出掛けていたんですけど、結局目当ての物は見つからなくて、それで……
で、でも大久保さんには感謝してますからっ!何から何まで、良くして下さってありがとうございます…なのに、何もお返しできなくて…本当にごめんなさい!!』


私が深々と頭を下げたのちに、ゆっくりと見上げると…
彼のきょとんと見開いた瞳が細まって、フッと笑ったような吐息が漏れて聞こえた。

(許してもらえた…?)


「まぁ、そう易々と手に入る物ではないからな…先程のことは冗談だ、気にするな」


クスクスと声を抑えて笑う大久保さんが珍しくて、今度は私の方が唖然としてしまった…


(大久保さんって、こんな冗談言うキャラだっけ…?)

疑問に思ったその瞬間、私はあることに気が付いた。

(あれ? さっき、もしかして…大久保さん、拗ねてなかった…?)

こうも簡単に手の平を返されると、そんな気がしてしまうんだけど…
でも「まさか」と否定する自分も根強くある……なにしろ相手はあの大久保さんだ。
そんな子供じみた可愛いことをすると思う?


(やっぱり有り得ないよ、大久保さんに限って…)


そんなことを考えている自分が逆に可笑しかった。
理由は簡単。私の方がそれを期待し、望んでいるから……


(なーんでこんな人を、好きになっちゃったのかなぁ〜わたし…)


意地悪で、嫌みったらしくて、狡賢くて、高飛車で…
でも本当は優しくて、思慮深い人なのに…
初対面での印象は風貌とは裏腹に最低…だったと思う。
……よく考えたら損な人だよね、勿体ない。

そんなことをボンヤリと考えていたら、大久保さんが包みを促した。


「食べないのか?」


(あ、忘れてた…)


『い、いただきます!』


小さな四角い欠片を一つ、つまんで口に放り込む。
見た目通りに固かったけれど、次第に甘さが広がってきたので安心した。

久しぶりのチョコレート。懐かしい味と香り…


『あれ、大久保さんは食べないんですか?』











幸せそうに味わう小娘を前に、私は坂本君の機転に感心していた。


(なるほど…女子とは得てして甘い物に目がないものだが、この娘も例外ではないらしい)


しかもこれは未来に通じる食べ物とあって懐かしさは一入だろう。



「私はもう十分だ、それよりも義理チョコとやらはどんなものだ?この貯古齢糖とは異なるのか?」

『えーと、このままでも大丈夫ですけど…大抵はコレをもっと可愛くしたり、別の食材を加えたり、もっと華やかな形に加工されたものが売られていて、それを買いますね…
あ、あとはこのチョコを使って、一から自分で作る人も多いですね!私も友達用に沢山あげる時に作ったことがありますよ〜』

「ほぅ…では今からでも作れるということか?」

『い、いまからですか!?』

「義理の一つも返したかったのであろう?」

『そ、それはそうですけど…』

「なにか足りない材料でもあるのか?」

『いえ・だいじょうぶです。ある物で何かしら作れますから…』

「仕上がったら茶請けに賞味してやろう…せいぜい渋茶に合うように賄うのだな」

『が、がんばります……』



突然の言い付けに困惑しながらも、小娘は貯古齢糖を受け取ると部屋を出ていった。

未来の茶菓子に興味があったのも事実だが、なにより小娘の行動に興味があった。
私に贈るために探しに出ていたという。
容易く見つかる筈の無い異国の品……戻るまでに随分と時間を要したということは、
そうとう探し回ったのだろうと推測できる。
例えそれが義理堅い性格の表れだとしても、悪い気はしない…むしろ嬉しいくらいだった。


(喜んでいるのか…この私が?)


なにも知らない箱入り娘かと思いきや、料理をさせるとなかなか良い味を出してよこす。
時おり無性にあの娘の作る味噌汁が飲みたくなるから不思議だ。


(今度は別の事もやらせてみるか……)


あの娘のまだ知れぬ内面を窺うのは面白く、
意外な事実を見いだすこともあり興味深いものがある…
あえて言うなら、からかいがいのある性格と分かり易い反応、表情も見物だ。

それにしても… 私は何を期待しているのだろうか、
あんな子供の娘一人に・・・少し間違えばこれらは「執着」とも取れる。


(執着、まさか…?)








『あの〜〜…』

「!?」

『すみません、ちょっと確認したいことがあって…』

「……なんだ」

『やっぱり義理チョコやめてもいいですか?』

「!」

(まさか、この期に及んで拒否するつもりなのかこの娘。感謝の意はどうした…)


『義理じゃなくて…

 そのぉ〜…もう一つの方にしますね?

 ……では、そういうことでっ!』



「・・・・・」


(なんだ、そんな事か……

 …ん? あの娘、いま何と言った?)



――義理じゃなくて、もう一つの方にしますね――



「もう一つ………本気か…?」





私は小娘の去った廊下を眺めていた。


(まさか小娘、私の嫁にでもなるつもりか…?)












「ふっ…そうだな、考えてやらないこともないぞ?」










2011/02/13
チョコレートって昔は苦かったはずだよね?でも大戦争の前後では甘かったような…(そういう話を読んだことがある気がする)いつから甘いチョコになったんでしょうか。。作中では都合により、ほろ甘い設定です(* ̄∇ ̄*)
story自体はそんなに甘くないけどね!バレンタインなのに…




[ *前 | 次# ] [栞を挟む]
Sun | short | Home




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -