萩の小径 [4/26]



――――季節は夏。――


わたしは小五郎さんに連れられて、彼の家からほど近い場所にある川沿いの遊歩道を歩いていた。

今は青々と茂った立派な桜の木がずーっと先まで、小川を挟んだ並木となって続いてる。
綺麗な碧が視界いっぱいに立ち並び、傍らには穏やかに流れる水の音…
ジッとしてても汗の滲む、残暑が厳しい真っ昼間にも関わらず…せせらぎを聞いていると清々しい気分になれた。

おまけに大好きな小五郎さんと同じものを見ながら、一緒に歩いている幸せったらない…

彼と一緒に何処か遠くにお出掛けして遊んだり、食事をするのは楽しいし、
とてもとても嬉しいコトなのだけど…

こうして、のんびり近所をお散歩したり、お家に帰ってゆっくり二人で過ごすこと。
それは最高に贅沢な、わたしの大好きな時間だ。


今日また少し、小五郎さんのことを知ることができた。

小五郎さんがこれまで当たり前に見てきた景色を一緒に見ることが出来た……

それが何より嬉しくて、幸せな瞬間だと思った。


わたしはこの光景を心の眼に焼き付けたくて、
辺りをじっくり観察しては、味わうように歩いていた。







「ここの桜は結構有名なんだ…今は時期外れで無人だけど、花の見頃な時節には随分と賑わって、県外からの観光客も少なくない。イベント中は出店もあるんだよ…」

『へぇ〜、ステキですね。わたしも見てみたいなぁ…春の桜祭りですね!』

「そうそう、桜祭り…桜フェスティバルでチェリーフェスティバル、この辺りでは“チェリフェス”なんて略して呼ばれているよ」


よく分かったね…と笑いながら頭を撫でると、可愛い君の頬が桜色に染まった。
季節外れの桜の花が、いま自分の隣を歩いてる。そう思うと僅かに胸が躍った……


こんなに日差しが強い中で文句の一つもこぼさずに、楽しそうにしている君を見ていると…
不思議と肌に纏わりつくシャツや汗の不快感も和らいで、いつの間にか気にならなくなっていた。
それどころか清々しいとさえ思えてくるから面白い。


いつもと変わらない、見慣れた景色なのに…
君と並んで眺めていると、何故だか優しく輝いて見える。
本当に、不思議だね……


しかしそうは言っても暑いのは確かなわけで、うかうかしていると水分不足で熱中症になりかねない…
私は彼女に木陰で休むよう言いつけて、飲み物でも調達してこようと考えた。


「…おや?」


視線を下ろせば、いつの間にか隣を歩いていた筈の、君の姿が消えていた。

慌てて振り返ると、少し離れた後方に見つけた後ろ姿。
彼女は桜並木とは反対側にある道沿いの茂みを、かがみ込むようにして眺めている……


(なにか珍しいものでもあったかな?)


思い当たる節は無かったけれど…近付く途中で目が合った彼女は、嬉しそうに指し示している。


『かわいいですよね』


「……え?」


『これ、萩じゃありませんか? わたし写真でしか見たことがないので、確信はないけど…』


「ああ、言われてみればそうだね…」


『可愛いなぁ……ココは紫の花が圧倒的に多いけど、
ずーっと先まで続いてるのかなぁ…白い花は無いんですかね?』


「さぁ、どうだろうね。もしかしたら白い花の株が多い部分もあるかもしれないけど……それにしても…」


『?』


「この桜道を前にして、こんな小さな花に目を向ける人は…もしかしたら一人もいないかもしれないね」


『そんなことありませんよ…!ぜったいにッ!見てる人は見てますって、きっと…!!』


「だけど…現に開花のこの時期に、誰も花見になど来ていないだろう?」


人っ子一人いない歩道を指し示し、私は彼女と向き合った。
それは…と俯き黙り込んでしまった君を見て、もっと気の利いたことを言ってやれば良かったと後悔する。


(せっかくの彼女が楽しんでいたのに、これでは台無しだ……)


私があれこれ思案していると、パッと顔を上げた彼女が詰め寄ってきた。


『わたしがいます!わたしはここの萩の花が大好きです…気に入りました!だから必ずまた見にきます。来年も、再来年も…!』


「………」


『だって、こんなに綺麗で可愛いじゃないですか…桜と同じくらい、もっと注目されてもいいのに……よし!決めたッ』


「……なにを?」


『今日からここは「萩の小径」です!桜じゃなくて、萩の名所!』


「わたしにとっては…ですけれど」そう付け足した彼女は、まるで秘密の花園でも見つけたみたいにキラキラ瞳を輝かせ、いつの間にか私に抱き付くように身を寄せて…「ね?」と相槌を求めてくる。

彼女の言い分、もとい行動全てが愛しくて…私は思わず抱き締めた。


「そんなに萩が好きなのかい?なんだか妬けるね…」


『え、あ、そのっ…好きって、そういう意味じゃ……』


急に慌てて身じろぐ君を、まだまだ手離したくなくて…
腕に閉じ込め身をかがめ…額と頬に口付けて、そっと耳元に囁いた。


「来年の夏も、その次の夏も…この先ずっと私の側で草木を眺めていてくれる?」


林檎のように真っ赤になって…コクコクと頷いた君と言葉のかわりに交わすキスは、溶けてしまいそうな程の熱をもたらす。

こんな場所で、こんな事ができるのは、今が春ではなくて夏だから…
真昼の人気の薄さに感謝しつつ、次はもう少し涼しい夕暮れ時に連れてきてあげたいと思った。




――萩の小径で、桜色の君と見る夕焼け――


――赤、白、紫、ピンク色…
 きっと忘れられない色になるだろうね――





…END…







2011/03/17
私の住む地域は紫がシンボルカラーです。(ビバ桂色…!!)
なので、藤やアヤメや菖蒲やラベンダーなど…紫の花がいっぱい植えてあります(*^^*)萩の小道も実在するんですよ♪
そんな小さな町の小さなシンボルにスポットを当てた、初の現代版SSでした。小五郎さんの職業はなんだろう…やっぱり理系の職業かな?




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