おぼろ月 [8/26]



――まさか、
 あんな場面に出くわすとは――


私はいま冷静さを欠いている……そう自覚してはいるものの、
なかなか憤りを収めることができず、顔に強張りを感じていた。

(今は‥誰とも会いたくないな…)

こんな自分を晒したくなかった。

我ながらおかしいと思う。
いつもなら簡単に取り繕うことができるのに、
今日に限って己の冷静で冷徹な頭が上手く働かないなど…

(…感情が、制御し切れない)

苛々した姿を見せたくないし、不安にさせたくない…
なにより彼女を傷付けることだけはしたくない。
それなのに怒りの矛先は、確かに彼女にも向いている……

(何故、あのようなことを公然と…?)

過ぎたことを考えても仕方がない。
だが、今は誰であれ顔を合わせない方が得策だと考えた。
特に彼女とは会いたくない……揉めたくない。



だから私は自分の部屋へと急いでいた。

閉ざされた場所で、高ぶりを沈め、冷静な判断が下せるようになってから動きたかった。
このモヤモヤした蟠りを抱えたままでの行動は危ない。
万が一にも自暴自棄になるようなことがあれば、身も蓋もなくなるだろう…





――それは、部屋に籠って間もなくのことだった――





『小五郎さん…いらっしゃいますか?』


このような時に限って向こうから私を訪ねてくるとは……
いつもならば嬉しいはずなのに、いかんせん今は間が悪すぎて気が滅入る。
私は何と答えるべきか悩み、しばし沈黙した。


「…………」

『どこかに出掛けちゃったのかなぁ…?…残念…』


そう言って立ち上がる君に、思わず声を掛けたのは、
やはり最後の一言が胸に刺さったからだろうか…

(そう…そもそも彼女と私は恋仲なのだから、案ずることはないのだ。いつも通りに振る舞えばよい…)

しかし、恋とは移り変わるものでは無かったか?
今でも彼女が変わらずに私を好いてくれているという保証が何処にある…

肯定と否定が織り成す心の波紋の真っ只中で、ただ一つ同じなのは、
私が彼女に惚れていて、離れられないということ…

離したくないと願っている、この落ち着きなく不秩序に波打つ感情だった。











「沙織さん…!」


わたしが立ち上がろうと中腰になった時、小五郎さんが名前を呼んだ。


(あれ?やっぱりいたんだ…)


呼びかけ方に妙な違和感があったけど、
お仕事で忙しくしていたのかもしれないことを思えば気付かないのも当然で…
だからこそわたしは「気がついてもらえて良かった」とホッとしていた。


『すみません、お忙しい時に…』

「…いや、構わないよ」


そう言った小五郎さんの表情は、バツの悪そうなものだった。

(あ…わたし、本当にお邪魔だったみたい)

用を済ませたら早々に立ち去るべきだと判断し…わたしは単刀直入に切り出す。


『あの、わたし達さっき大福を頂いたんですけど…沢山あるので良かったら小五郎さんも召し上がって下さい。とっても美味しいんですよ、この豆大福。晋作さんのお気に入りらしいので、無くならないうちに持ってきました…ここに置いておきますね?』


一気に言い終えると、わたしは隅に大福とお茶を乗せたお盆を置いて
「失礼します」と言いかけた、その時…小五郎さんがポツリと呟いた。


「…誰から?」

『え?』

「誰に貰ったの?」

『え…っと、わたしに直接くれたのは女中さんですけど…彼女は別の人に貰ったみたいな事を言ってました…』

「そう」

(…小五郎さん、なんか元気ない?具合でも悪いのかな…だからさっき返事が遅かったとか!?)

『あの、小五郎さん…大丈夫ですか?もしかして具合でも悪いんじゃ……』


問いかけながら近寄ると、皮肉な口調で彼が笑って言いのける。


「君は、随分と元気そうだね。まるで何も無かったみたいで…つくづく嫌になるよ」

『???』

「……心当たりが、無いとは言わせないよ?」




その顔は無表情で、真剣で……
いつになくトーンの下がった声色に、怒りが含まれているのが分かる。


――ゆらりと音無く立ち上がる彼に、
 わたしは生まれて初めての感情を抱いた――




(……っ…こ、小五郎さん?)















――春に潜む狂気はまるで・・・

   蒸気に霞む朧月――







2011/3/1
一晩で書く文字数は1500程度がちょうど良い☆ということで、ぶつ切りのまま投稿したものです。すみません(^_^;)
この後、どのくらい彼は狂った姿を見せてくれるのか…どこまで書いいていいのかな。。




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