髪結いの人 [9/26]


「ここをこうして、こうすると……ほら、ごらん?」


『わぁ…!桂さん本当にお上手ですね!私には到底真似できない早技だし…凄いなぁ』


「ふふっ、沙織さんもすぐに慣れるよ…飲み込みが早いから、毎日続けていれば半月もしない内に一人で出来るようになるんじゃないかな?」


『そうですか? そうだといいなぁ…私、頑張りますね!』



和やかな雰囲気を醸し出しながら、鏡に向かって言葉を交わす男と女。
膝を着いて佇む男の足元に広がる布地には、櫛(くし)と簪(かんざし)がいくつも並べられており、
男の前に座る女は鏡に映るそれらに時おり視線を送っていた。

木製の真っ直ぐな形の物は玉飾りが付いていたり模様が彫ってあっても、どうしても箸のように見える…
銀製で花飾りが細工してあるものは華やかだけどシャラシャラと音がうるさくて、重そう…
シンプルだけど可愛いらしいものは無いのかなぁ…?
沙織と呼ばれる若い娘は、そんなことを考えていた。


「これが気になるのかい?」


『あ、少しだけ……私あんまり詳しくなくて、かんざしってこんなに色々あるんですね…二股のしか知らなかった。棒一本で髪の毛が纏められるなんて、すごく不思議です…』


「私からすれば、沙織さんが使う髪結いの方が不思議な仕組みだけれどね…あんなに伸び縮みする紐は見たことがないよ」


『あはは…そうですね』


「しかも沙織さんのいた時代では、女子でも男の結い方をするときた…あれはもうよしなさい」


『ポニーテールのことですか?動き易くて便利なのになぁ…アレ』


「髪は、女子の命と言われている…もっと大切にしなければいけないよ?」


『…はぁーい』


沙織は小さな不満を胸に押し込めて、目の前に広がる世界を受け入れる。
多少の不便はあるものの、年頃の娘に相応しく飾り立てられるのは満更でもない。
どちらかといえば、家の都合で派手な服やオシャレを避けてきたため、
今になって美しく着飾ることが許されたのが嬉しく、
こうして師に教えを受ける時間が楽しい一時になっていた。


「因みに今のこれは沙織さんのような若い娘さんが好む髷でね、こうすると……その人は“人妻”であると受け取られることが多いかな」


そう言いながら男は女の髪を解き、先ほどよりも低い位置に当たりをつけて
下から上へくるくると結い上げて、素早く留めてゆく。


『へぇ〜男の人だけじゃなくって女の人まで…!髪型一つで色んなことがわかるんですね〜…』


緩やかな口調で、のんびりと受け答えをしながら、
男にされるがまま…女は作業を見守っていた。


「まぁ、中には偽って悪用する輩もいるし、敢えて身分を隠す人もいるから、一概には言えないが…知っておいて損はないから、心得ておくといいよ。それに……変装にも使えるしね?」


はい、出来た…と微笑む男に礼を言い、
沙織は鏡に映る自分と後ろの男を見比べながら…
最後の一言は桂さんならではのセリフだな、と心の中で呟いた。

何を隠そうこの男、変装の名人であり女装すらも厭わない珍しい武士……
それ故に、女でありながら何も知らないこの娘に
「女のいろは」を日頃から伝授しているのだった。

そんな自分達が変わり者だということに気付いていないこの二人……
波長が合うのか、こうして日々を仲睦まじく過ごしていた。
それすらも自覚していない二人は、
「男女の仲のようでいて実は違う…親子のような関係」
そういうことなのではないかと邸内では密かに囁かれていた。


そんな噂を知ってか知らずか…
当初は二人きりでいるところを見つける度に抜け駆けするなと喚いていたが、
近頃はすっかり大人しくなった男が一人…
二人のいる部屋に向かっていた。


「沙織!沙織は居るか!?入るぞっ」


返答する間も与えずにスパンッと勢いよく開いた戸の先に表れる人物、
それをよく知る二人は口を揃えて言った…


「晋作…」『晋作さん』

「なんだ小五郎もここにいたのか…通りで見当たらない筈だ」


「晋作、少しは弁えろ…返事も聞かずに開けては沙織さんに失礼だろう。もしも取り込んでいたらどうするんだ、全く…」


『晋作さんお帰りなさい。もう用事が済んだんですね…今朝の続きをしに来たのでしょ?』


「おぉ、よく分かったな!さすが俺の…」

『嫁じゃありません!!』

「早いな、言わせろよ…」


急に騒がしくなった部屋の中。
晋作と呼ばれる男は改めて二人を眺め、
その内の一人の姿がいつもと違うことに気が付いた。


「急に髪なんか結ってどうしたんだ沙織…なかなか似合っているじゃないか!」

『え・そうですか?ありがとうございます、嬉しいな…』


少し照れたような沙織の笑顔を真横で見つめながら、
自分がまだ彼女のそれを褒めていなかったことに気が付いた
もう一人の男……桂小五郎はバツの悪い面もちで、
機会を狙って伝えなければと考えていた。


「どれ、後ろはどうなってんだ?見せてみろ」


晋作のニコニコした楽しそうな物言いにつられたのか、
沙織は上機嫌のまま笑顔で後ろに振り向いた。

するとその髷を見た陽気な男は途端に青ざめてゆく……


「な、なんだこれは…!一体どういうことだ小五郎!!まさか、お前ら………俺に黙って…!?」

『???』

「?」

「信じられない奴らだな…おい!俺は認めないからなっ…絶対に…!!」


座ったかと思ったら急に怒って立ち上がり、
部屋を飛び出してしまった晋作という男……

残された二人はキョトンと不思議そうに顔を見合わせた。


『高杉さん、急にどうしちゃったんでしょうか…』

「やれやれ、アイツの早とちりには呆れてものが言えないな…」

『桂さん、なにか心当たりがあるんですか?』

「晋作は、おそらく勘違いをしている…私と沙織さんが夫婦になったとでも思ったのかもしれないね」

『ええぇ!?な・なんで!?どうしてそんなこと……あ!もしかしてこの髪型のせいですか!?』

「多分ね…」

『そんな、大変…!早く誤解をとかなきゃ!』

「……………」

『私、今から晋作さんを追いかけて説明してきますっ!』

「いや、それは少し待ってもらおう…」

『!?』

「晋作には良い薬かもしれない……これで少しはアイツも仕事に専念するだろうからね。最近のアイツは沙織さんのところに通い詰めてばかりだったし、沙織さんも、その方が息抜きになって良いだろう?」

『そんな、でも……』

「それとも私と夫婦だと誤解されたままでは嫌かな?」

『嫌というわけではないです、けど…』

「なら良かった、私もたまには沙織さんと遊びたいしね。晋作ばかりに好い思いはさせられないよ…」

『……え?』





その日、どこから漏れたのか…
邸内に広がる二人の噂はこれまでと打って変わって、
「なんと彼らは婚約していた…!近い将来祝言を挙げるらしい!」
というものになっていた。

そしてそれを聞いて一番ショックを受けたのは、
図らずも噂の発信源となってしまった男、高杉晋作その人だった……







2011/02/18
満月の夜、淡い月光に想いを馳せつつ夢を描いたのに…コメディ風になってしまった!なぜ...(´Д` ;)
髷の話は事実と捏造の半々です。流れの都合上、晋作さんに勘違いしてもらいたかったので♪




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