side ユストクス
集まった部屋には私とエックハルト、ハイデマリー、ラザファムの四人。そして見知らぬ女生徒がフェルディーノ様の隣に立っていた。
着いて早々、盗聴防止の範囲指定をしたことから、この会合が重要なものであると分かる。私は目の前におられる方が何者なのか、主のお考えを推し量るべく、お二人をよくよく注視した。
青いマントを付けていることから、ダンケルフェルガーの者だと推測される。かの地の者とはある意味では友好関係にあると言えよう。フェルディーノ様は否定されるが、ディッター勝負で珍しい素材を大量に巻き上げることを、密かに楽しんでおられたのは確かだ。だからといって安易に味方だと考えるわけではない。では協力者ということだろうか。大領地であるダンケルフェルガーに伝手があることは、後ろ盾がなく不安定なフェルディーノ様には大きな利となろう。
「皆に集まってもらったのは他でもない。この度、新たな側近を迎えることになった。この者はダンケルフェルガー出身だが卒業後はエーレンフェストに嫁ぐことが決まっている。そのため私が卒業するまでの二年間、側近として遇することで嫁ぎ先領地のことを知り、社交の下地作りとして慣れ親しんでもらう運びとなった。見返りとして、我々は彼女を通してダンケルフェルガーの後援と、彼女独自の特異な情報を得ることになる。彼女は文官と側仕えコースを受講している上、王族や中央との社交にも詳しい。ダンケルフェルガーの特性で、武の心得も多少ある。非常に優秀なので、よく学んで生かすように。
明日から表向きは一側近として遇するが、其方らには彼女が私にとっても特別な存在であることを知らせておく。彼女の命に背かず、不測の際には身を守るよう努めなさい。形式上の身分は低いが、私の次に権威ある者と心得よ」
驚きつつも恭順を示す我々に、満足そうに頷く主。しかし隣の女生徒は不満そうな、意味ありげな視線を主に投げかけたあと、諦めたように溜め息を吐くと数歩前にでて、私たち側近に向かって挨拶をして名乗る。
彼女の名前はローゼマリン様というらしい。ダンケルフェルガーの四学年で、中級貴族だというが、フェルディーノ様曰く魔力量は我々エーレンフェストの上級貴族を凌ぐらしい。なるほど、これが大領地の威光というものか。小領地よりの中領地であるエーレンフェストより、中央や大領地を支える貴族の力は、基盤からして大きいのだろう。根本的な違いがあることを改めて知る。
それにしても珍しいのはフェルディーノ様の話されようだ。まるで旧知の仲であるかのようにローゼマリン様と会話されているのだ。あの警戒心のお強いフェルディーノ様が。いくら利のある相手だとしても、四年生としては小柄な方だとしても、ローゼマリン様はれっきとした女性である。しかも主にも負けない美貌の持ち主だ。媚びるような仕草こそ無いが、これまでずっと女性との関わりを毛嫌いしてきた主は、ハイデマリーですら近付き過ぎると頑なに避けていらっしゃったのに、こうも急に態度を変えられたのは何故なのだろう。いくら友好関係にあるとしても、他家に嫁ぐことが決まっているとしても、それが主と敵対しない理由にはならない。少しも警戒しないのはおかしいのだ。それなのに、まるで最初から無害だと信じておられるように見える。それが不思議でならない。一体お二人はどういうご関係なのだろうか。
「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
私は他の者を代表するように、一番気にかかることを質問することにする。
「何だ?」
「ローゼマリン様の嫁ぎ先とは何方でしょう?」
「それは、今は言えぬ」
フェルディーノ様が今は知る必要のないことだと断ち切る。
それだけ秘密裏に行動しなければならないような家柄で、主に敵対しないところといえば……やはりライゼガング系の家だろうか。あるいは領主一族か? まさかあのジルヴェスター様が第二夫人を娶るとは思えないが、もしもそれが叶えば、なにかと激しい派閥争いに紛糾するエーレンフェスト内を随分と御し易くなるだろう。
そんなふうに思案していると、ローゼマリン様が困ったような表情で補足してくださった。
「ユストクスが心配するのは分かりますが、まだ確定しているわけではないので……不明確なものを安易に教えることができないのです。ごめんなさいね」
「私としては確定事項だ」
すると、フェルディーノ様が反論する。なにやらお二人の間で意見が分かれているようだ。
「可能性の話ですよね。しばらくは様子見すると仰ったではありませんか。その間にフェルディーノ様のお考えだって変わるかもしれませんよ?」
「君がどうしようと、私の考えは変わらない。行き着く先は同じであろう。ならば隠す必要などないのだが、君がどうしてもと言うから譲歩しているにすぎない。寛容な私に君は感謝するべきだ」
「ふぅ……頑固なのは相変わらずですのね。もう少し柔軟に考えてみてはいかがです? フェルディーノ様にも新たにやりたいことの一つや二つあるでしょう? 今のうちから将来出来るかもしれない道筋を狭めるようなことをするのは早計ですし、そもそも今回は急ぐ必要は無いと思いますけれど。知略に長けてらっしゃるフェルディーノ様なら、温存すべきことや秘匿することに関しては人一倍ご存知ですよね? それに効率を重視してばかりというのも風情がありませんよ」
「……無駄を省いてなにが悪いのだ」
そう言ったフェルディーノ様は、驚いたことに落ち込んでいるように見受けられた。ほんの少しの変化だが、長年お仕えしている私には分かる。あれは落ち込んでいるか、悲しんでいるか……瞳が微かに不安に揺れているようだが。
もしや、拗ねていらっしゃるのか? あのフェルディーノ様が?
ローゼマリン様への興味が尽きない。
一体お二人は、いや彼女は、フェルディーノ様にとってどんな特別な方なのだろうか。
まさかと思うが、隠されていたご兄妹ということもあるかもしれない。それほどまでに、お二人の仲は親しげなのだった。