side マイン
ハッと気がついた時には、どこか見覚えのあるエーレンフェストの神殿長室に居た。
わたしの隣には父さんと母さん。母さんは無理矢理わたしの口を塞いでいる。そして緊迫した空気の中、目の前には青色の神官服を着たフェルディナンドが膝をついていた。
──えっ、と……ここ、は……?
もしかして、巫女見習いになる前の話し合い、だろうか。神官長の後ろに倒れている人物を見るに、どうやら神殿長を威圧しちゃったあと……らしい。
「──其方達は神殿長を連れて出て行け。少々込み入った話をするので呼ぶまで立ち入ることを禁ずる……あぁ、それからこの部屋で起こったことは口外法度だ。漏らした者は厳罰に処するのでそのつもりで」
灰色巫女や神官達がそそくさと退室して部屋を去る。わたしと父さん母さんとフェルディナンドの四人になると、ホッとしたように彼が息を吐いていた。
もしかしなくても、フェルディナンドにも記憶が戻ったところなのだろうか。
「……エーファ、その手を外してやってくれ。マインと話がしたい」
「で、ですが……」
「頼む。マインが何を言おうと私が彼女を害する事は決して有り得ぬゆえ」
「は、はい、わかりました」
「マイン、これを。これが何か分かるなら握ってくれ」
フェルディナンドは盗聴防止用の魔術具を渡してきた。わたしは勿論、躊躇わずに握る。
「フェルディナンド様……あの、大丈夫ですか? 今更ですがこの時期は随分と憔悴してましたよね。それなのに更にわたしが威圧なんかして……」
「問題ない。それより君も記憶が今しがた戻ったという認識で間違いないな? 全て覚えているのだな?」
「は、はい。ちゃんと覚えておりますよ。でもこれ、夢じゃない、ですよね……なぜかシュタープも、神具の魔法陣もあるような気がします。魔力量も、高みにあがった時のままみたいですし。ユレーヴェ後の魔力の塊が無い状態なのは助かりますが……さすが神様。やりたい放題なのですね……」
「はぁ……確かに問題は多いが、これが夢ではないのは確かなようだ……──」
「フェルディナンド様? どうかされましたか?」
「気にするな。自分勝手な神々への殺意が沸き起こっているだけだ」
なんでいきなり物騒なこと考えてるの!?
「いやいや気にしますって! エアヴェルミーン様のところに殴り込みに行っちゃダメですからね!? 戻って真っ先にそんなことしたら、余計に警戒されて面倒なことになりますよ!?」
「……わかっている……それより今は君のこれからの事だ。シュタープを持っているのは僥倖。ならば今回、君は貴族にならなくても良いのではないか? 神殿長だけならば幾らでも誤魔化しようがある。私としては、君をあまり神々に近付けたくもない……」
「うーん、そうですね……本のためにも製紙印刷業は広めたいですし、礎のこともありますし。そう考えるとやっぱり領主候補生の立場がやり易いかなと思うんです。それに……将来、星を結ぶ時のためにも、貴族藉は欲しいと思うのです。愛妾契約≠ニいう手もあるのでしょうけど──」
「君は……貴族の中に、星を結びたい相手がいるのか?」
フェルディナンドは何故か衝撃を受け、諦めたような顔をしている。
「ふぇ、フェルディナンド様のことに決まっているではないですか! で、できれば今回は……いえ、今回こそ。人の理の方でもちゃんと星を結んで幸せにしたいと思っています……あ、いえ。それとも、フェルディナンド様にしてみれば迷惑ですか? その、すでに星の神の手によってわたくし達は結ばれてしまっているわけですが……これ以上の[[rb:柵 > しがらみ]]は不要ということでしょうか」
しょんぼりしつつもそう言ったら、何故か処理落ちされてしまった。そんなに嫌なのだろうか……たしかに散々に迷惑をかけた覚えしかないけれど。家族同然としては、これまで何だかんだで仲良くやって来たと思うのだが──
「……あの、フェルディナンド様? そんなにお嫌ですか……?」
言いながらだんだんと不安に、そして悲しくなってくる。
前回、わたしの我儘のせいでアレキサンドリアに居座ることになって、忙しくも楽しそうに見えたけど、本心ではフェルディナンド様の望み通りではなかったのかもしれない。本当は嫌だったのかな……やっぱりエーレンフェストに帰りたかったのだろうか。
「ま、待ちなさい! 君は何か勘違いしていないか?」
「勘違い、ですか?」
「ああ。私は嫌などと言った覚えは一度も無い。君さえ良ければ私は……君と、再び人の世でも星を結びたいと思っている」
ポッと胸に光が灯る。温かいそれは脈動し、じわじわと鼓動が激しくなった。
「そ、れは……あの、本当にわたくしでよろしいのですか? フェルディナンド様には、過去に好いた方は居らっしゃらないのですか? 今ならまだ……」
「それは君だ。過去も未来も君だけだ……だが、君こそ私などで良いのか? 今の私は神籍にあって力が弱く、還俗した未来でさえも、コリンツダウムの者から君を守る事が出来なかった男だぞ」
「ご自分を卑下されるのはやめてくださいませ! わたくしは、フェルディナンド様がフェルディナンド様だからこそ良いのです。それに、フェルディナンド様はいつだってわたくしを守ってくださっていたではないですか。最後の時も、わたくしを庇ってくださいましたよね? 力が及ばなかったのはわたくしも同じです。フェルディナンド様をお守りできず、申し訳ありませんでした。ですから今回こそ、絶対にフェルディナンド様を幸せにしますので! また、よろしくお願いしますね?」
「…………」
神の理では結んでもらった糸だけど、人の理での星結びは結局できなかったんだね。あ、違った。できた瞬間に死んじゃったのか……残念なことに。……あれ? フェルディナンド様が固まってるよ、どうしよう。
「フェルディナンド様?」
呼びかけても手を目の前で振っても反応がない。どこに処理落ちする要素があったんだろうか。わからない……。
仕方なく机をまわって近づいて、フェルディナンド様の隣に立って肩を叩く。
「……フェルディナンド様〜? 戻ってきてくださいませ〜」
「──全く君は……」
「何ですか?」
「……ローゼマイン、私の全ての女神。もう離してやらぬぞ」
「まぁ! 望むところですわ、わたくしの闇の神。覚悟してくださいませ」