side ローゼマイン

 人の理で行われるフェルディナンドとの星結びの日。ここまで来るのに本当に色々なことがあったなぁと振り返り、短いようで長かったなぁと思案する。貴族院では初年度から色々とやらかしちゃったけど、無事に卒業したし、もう大きな問題が起こることもないだろう。たぶん……大丈夫、なはず…………うぅ、断言出来ないのつらい。
 まぁ、とにかく。やっと星結びなのである。
 ツェントが神具を用いて行う儀式は本当に美しく、闇の神と光の女神の貴色が渦を巻いて立ち上り、弾けて降り注ぐ様はまるでオーロラのような光の洪水だ。わたしとフェルディナンドを包み込むカーテンのようなそれが、さらさら……さらさら……と音を立てている。

 ──サラサラ……サラサラ……サラサラ……サラサラ……

 …………って、長くない?

 わずかに緊張しつつも幸せな気分に浸っていたが、違和感にちらっと隣を見る。フェルディナンドは警戒するように上を睨んでいた。ここまできて神々が手出しをしてくるとも思えない……いや、思いたくないのだが。だんだんと不安になってくる……。

「フェル……」

 小さく口を開きかけたところで急に周りが暗くなる。そして、気がつくと辺りは真っ白な光の世界。目の前にはフェルディナンドの背中が見える。
 よく分からないことばかりの異常事態なのに、何故だかフェルディナンドの姿を確認できただけで安心している自分がいた。






 どこまでも広がる白い空間に立っている──
 目の前にはフェルディナンド。お互いに婚礼衣装のままである。

「マイン、クインタ──」

 唐突に降り立つ女神たち。彼女らの説明によれば、わたしとフェルディナンドは星結びの儀式の最中に襲撃を受けて死んだらしい。その直後では問題があったので、ことが起こる直前の今、こうして時を止めて神域に招いたのだそうだ。
 頭が痛い……なにも結婚式で殺さなくてもよいと思う。幸せの絶頂から奈落に突き落とすなんて、悪魔の所業ではなかろうか。それだけ恨みが深いということだろうけど、専属たち渾身の力作であるこの衣装が血濡れのボロボロになったと聞かされては溜め息を禁じ得ない。

 コリンツダウムの者が乱入し、わたし達を殺した。やっと、ツェント候補が出てくる流れの織地を神々も惜しんでいるようで……ツェント候補が居なくなってしまったことを責めるように嘆いている。
 そうだよね。エグランティーヌも、フェルディナンドも、わたしに名捧げしていたのだ。わたしが死ぬ──それはつまりツェント候補の全滅を意味する。

「……マイン、クインタ。このまま織ってもユルゲンシュミットは崩壊してしまいます。なので貴方達に記憶を持たせて織り直すことにいたしました。神々との契約魔術は引き継がれますが、それ以外──人の世で交わされたものは元に戻ります。それを踏まえて行動するように。よくよく気をつけて、礎を満たし、今度こそ美しい織地が長続きするようにしてちょうだいね。頼みましたよ」
「待て!」
「待ってくださいませ!」

 言うだけ言って消える女神様達。わたしとフェルディナンドの意思など関係なしである。本当に神々は勝手だ。

 あたりの空間が急激に狭くなるような、縮むような圧迫感に身がすくむ。
 縮んで、きっと消えてしまう。このままフェルディナンドと共に過去に飛ばされるのだろうか……いや戻るのか。それはいつの時代のどのタイミングなのか、最初からやり直しなのだとしたら、それぞれが生まれた時まで戻るのだろうか。だとしたら記憶はいつ戻るのか、記憶が残るというなら取得した魔力や魔法陣はどうなるのか。何もかもが曖昧なまま、わたしはフェルディナンドの隣で呆然と立ち尽くしていた。

 さらさら…… さらさら……

 周囲の音が悲しく響く。糸と糸が触れ合っては擦れて揺れる……この音色の正体が織地が解かれていく音なのだと、自然と解って胸が苦しい。
 これまで苦労して積み重ねてきたことが、今まさに無に帰ろうとしているのだ。悲しくないわけがない。

「……泣くな、ローゼマイン」
「フェ、フェルディナンド様……申し訳、ありません。わたくし、また失敗してしまいました」
「謝るのはこちらだ。どうやら私は、君を守ることが出来なかったらしい……」
「わたくし、フェルディナンド様を幸せにすると約束しましたのに……今度こそ足枷になってしまいます」

 この際やり直しになるのは仕方がないと受け入れよう。
 だが、女神様は言っていた。神々によって直接結ばれた契約は引き継がれる、と。……ということは、フェルディナンド様とわたしは神の理において婚姻したままということだ。
 せっかく記憶を持って過去をやり直すのに。
 未来に起こることを知っていれば、彼ならいくらでも謀略を回避できる。相応しい人との幸せな結婚だって望めるようになるはずだ。それなのに……わたしが迂闊に頼んだから──いや、あの時はああするしか無かったし、何度やり直してもわたしは彼の命を救うため、星の神に願うだろう。

「君は、何を言っている? ──はぁ、今はとにかく時間が惜しい。詳しい話はあとだ。君は私と出会うまで決して無茶はしないように。おそらく私のほうが先に目覚めるだろうから、大人しく迎えを待ちなさい。良いな?」
「だ、だめです! それではフェルディナンド様ばかり危険で大変な思いをするではないですか。フェルディナンド様こそ、わたくしが動けるようになるまで勝手なことをしないでくださいませ! 女神様はわたくしたち二人にお役目を言い渡したのですよ。フェルディナンド様だけが頑張るのは違いますし、許せません! こ、これはアウブ命令ですからね!」
「アウブでなくなるというのに何を言っているのだ。面倒な……」
「面倒だろうが約束です! それが守られないようならわたくしだって一人で頑張ってしまいますよ!」
「厄介な……全く……では、私は君と話せるようになるまでは危険のない範囲で下地を整える程度にしておこう。それならば文句はあるまい? その代わり、万が一君が先に目覚めた場合は、必ず私を呼んで助力を乞いなさい。私の秘密を知る君なら、過去の私を説得することも容易いだろう。ローゼマイン、それまで決して無茶なことはしないように。君は、私の全ての女神なのだから……」

 わかりました、と返事をする間もなく……白い世界は溶けるように消えていった──


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