夢をみた。そこは貴族の学校で、わたしは貴族として生きている。将来的には貴族となって、貴族院というところでシュタープと呼ばれる神の意志≠取り込まなければならない。そのために今から少しずつ貴族としての立ち居振る舞いや常識を知り、学校に行くための勉強をする必要がある。そんな話を神官長から聞いたばかりだからだろうか。知らない場所なはずなのに、妙に鮮明なのが不思議だけど、夢だもんね。イメージ通りに豪華なことに納得したりしていた。
夢の中のわたしは随分と身分が高いらしく、たくさんの護衛や側仕えにいつも囲まれて過ごしている。そしていつも忙しそうだ。
(大変そうだなぁ……)
どうやら勉強方面は問題なくクリアーしているようだった。早く図書館に行くのだの張り切っている。うん、うん。分かるよ。今のわたしも図書館だけが楽しみなのだから。
それなのに社交という名のお茶会が大変で、わたしの知らないうちにどんどん面倒なことになっていく。側近たちがいちいち驚いているけれど、わたしには何がそんなに驚くことなのか分からない。分からないけどわたしは何かを間違ってしまったらしい。貴族社会むずかしいね。
時々会話に混ざる神様表現に付いて行けないわたしに同情する。予習が足りなかったのだろうか。今でさえ詰め込み教育を受けているような気がするのに、三年あっても足りなかったのかな?
やっぱり平民が貴族になるなんて無理があったってこと?
夢の中では次々と時間が流れるのに、いつまで経ってもわたしは周囲よりずっと小さいままだ。
わたし、大きくなれないの?
ほとんど今と変わらないくらいに見えるのが悲しい。起きたら神官長に聞いてみよう。
やがて信じられない王命がくだされて、神官長が他領に婿入りしてしまうことを知る。
夢だけど驚いて、悲しくて、わたしは胸が締め付けられて苦しかった。夢の中のわたしも同じ。必死に涙をこらえているけれど、悲しくて寂しくて、不安で不安でたまらない。行かないでって言うのを必死に我慢している。
(言えばいいのに……)
行かないでって、わたしを一人にしないでって。置いて行かないないで欲しい。
そもそも、わたし達は夫婦になるんじゃなかったの?
神様から認められた絆を持つ一対だって、わたし達はお互いにお互いが必要なんだってこと、王様たちは知らない?
わたし達は引き裂かれてしまう運命なの?
そこまで考えて、これは夢だったと思い出す。
夢の中の二人は庇護者と被庇護者の関係でしかない。
しかもなんと、わたしは領主様の息子と婚約しているらしい。その婚約者のヴィルフリート様との仲も険悪で、どう足掻いても傷ついて、ヴィルフリート様だけを可哀想だと言う義両親に傷付けられていく。
領主様は神官長のお兄さんなのに、これまでずっと神官長に助けられてきたくせに、他領の者だから捨て置けというようなことを平気で言う。信じられない思いだった。そこには神官長を守ってくれる人が全くいないのにだ。
誰も彼もが神官長を利用するだけ利用して、助けようともしないのだ。
わたしはわたしで、頼れる神官長もいない世界でどんどんどんどん忙しくなる。
おまけに王族に目をつけられて、彼らはエーレンフェストからわたしまで取り上げようとする。名誉ある慶事だろうと押し付ける。王族は、本当に自分勝手な人ばかり。どれだけ不満で、ありがた迷惑だとしても、最上位からの命令は絶対なのだと領主様は逆らわない。ささやかな抵抗をして終わり。
こんな世界は間違ってる。こんな理不尽は許されない。わたしは嫌だ。望まない!
そんなことを言う元気もないわたし。立ち向かう気力もないままに、せめてもの悪あがきで神官長の身の安全を得ようと交渉する。
でもね、外から見ているとよく分かる。
この王子に約束を守るつもりなんてないのではなかろうか。王族はどこまで非道なのだろう。
夢の中のわたしも、契約魔術でも結んで約束をきちんと守らせれば良かったのに……そんなことも思いつかないくらい、疲れ果てているのだろう。
ずっと主治医だった神官長もいなくて体調はすこぶる悪そうだ。
本人も心の中で「悪夢のような結婚」だと評していたけれど、本当にその通り。
まだ婚約者の身でありながら、早急に必要だからとわたしの都合を無視して聖典(グルトリスハイト)の取得を強要され、未来の夫に従うべきと諭されて、脅されて、牢獄のような離宮に閉じ込められて、魔力をひたすら搾取される絶望の日々。
幸せなんかどこにもない。
せめて神官長だけでも幸せであって欲しいと願う日々……。
わたしは悲しくて悲しくて、夢でも現実でもずっとずっと泣いていた。
「…………イン、…………マイン」
遠くで神官長の呼ぶ声がする。
「…………しん、かんちょー……?」
重たいまぶたを持ち上げる。ぼやけた視界に映るのは、やっぱり神官長だった。
ホッとして、それと同時に夢の中での出来事を思い出す。夢だけど、妙にリアルな夢だった。夢で良かったと心の底から思う。
夢の出来事が悲しくて苦しくて、わたしは必死に神官長にしがみつく。
「どうした、マイン……怖い夢でも見たか?」
「……っく、はい……とても恐ろしい夢でした……神官長が、遠くへ行ってしまう夢でした……わたし、辛くて、悲しくて……」
「そうか。だがそれは夢だ。安心しなさい、私は何処へも行かぬ。ずっと君のそばにいる。君は、私と星を結んでくれるのだろう?」
「はい……でも、夢の中では、王様たちが理不尽な命令ばかりするのです。神官長は他領に婿入りさせられて、わたしは王の養女に召し上げられて……最終的には本を一冊も持たない王子様の第三夫人になって、絶望的な日々を送るのです……あ、聖典だけは読めましたけど」
「……王命か。たしかにそれが真になれば逆らうことは難しいだろうが、今のエーレンフェストが王族と関わるなど考えられぬ。中領地とはいえ底辺順位にある田舎領地だからな」
「わたしが貴族院に行くようになって、成績があがったり流行を発信したりしたことで、急にエーレンフェストが注目されるようになったようでした。わたしは音楽の先生にお茶会に招かれて、そしたらそこに元王族のお姫様や王子様が乱入してきて、そこから個人的に呼び出されては無茶な注文を受けるのです。色んな人に振り回されて、結果わたしは問題児扱いされて……あ、なんだか腹が立ってきました。何故わたしばかりが悪いように責め立てられたのでしょう? わたしは領主様の命令通りの結果を出したのにすぎません。王族も、領主一族も理不尽です……」
わたしは文句を言いつつも、ポロポロと涙をこぼしていた。それを神官長が指ですくって撫でつける。頬を包んで、片手は背中をぽんぽんとリズミカルに撫でている。優しい温もりと労りに、だんだん心が落ち着いてくる。
神官長はわたしをジッと眺めながら、どこか考え事をしているようだった。
「……君の魔力はとても多い。それは教えたな?」
神官長がとても真剣な目で問いかける。
「はい。将来的には、神官長にも釣り合うのですよね?」
「そうだ。君の魔力は……現時点で領主よりも多い。将来的には、おそらく王族をも凌ぐだろう」
「え? そ、そんなに多いのですか? 待ってください。それでは神官長も王族よりも魔力が多いってことですか?!」
「このまま過ごせばそうなるだろうな……君の圧縮方法はそれほど画期的なのだ。だからこそ、決して他言無用だ。わたしの出自は君にも話したろう? 私は、血筋だけなら今の王族より余程ソレに近いのだ」
「そ、それって言うのは……」
「私が最も望まない地位のことだ」
「そう、なのですね」
「だから君が王族に望まれるというのは有り得ない話ではないのだ。王族に限らず、今はどの領地も魔力不足が深刻だからな……」
「…………」
「マイン。私と共にありたいと願ってくれるなら、決して王族よりも魔力豊富であることを他人に悟らせてはならぬ。目立たぬように、迂闊な行動をせぬように、よくよく注意して欲しい」
わたしはゴクリと唾を飲み込んで、こくこくと必死に頷いた。
神官長と離れるなんてぜったい嫌だ。
そもそも不可能なのだ。歩けば倒れる虚弱なわたしは、神官長がいないと生きていけないのだから。
「…………神官長」
「なんだ?」
震える身体を擦り付けるようにして見上げる。少しだけ眉を寄せた神官長は、どこか不安そうに目が揺らぐ。わたしと離れ離れになる可能性を考えているのかもしれない。
わたしの未来の旦那様。無表情ばかりで冷たそうに見えるけど、本当はとても優しい人なのだともう知っている。
「……わたし、神官長と離れたくありません。だけど、万が一どうしようもなくなった時には、わたしを置いて行かないでください。わたしを諦めないで欲しいのです。わたし……わたしは……」
なにが言いたかったのか、自分でもよく分からない。でも、どうにかして気持ちを伝えたくて。
離れたくない。同じように望まれたい。
それこそ身勝手で、分不相応な感情で、喉の奥から出かかった言葉が詰まる。
ジッと見つめていると、神官長の瞳がうっすらと虹色を帯びていく。
額にちゅっ、と軽い音がして、自分がキスされたかもしれない可能性に思い至る。
じわじわと顔に熱が集まった。恐怖から冷えていた身体が火照る。
「マイン、君は私の妻になるのだから、私のものだ。そして、夫たる私は君のものだ。この証がある限り……いや、たとえ印を失ったとしても、私は君を手離さない。もし、無理矢理にでも引き離そう者があれば、私はその者を全力で叩き潰すと誓う」
「たたきつぶす……」
「すり潰すほうが好みか?」
なんだか一気に熱が引いた。
そうだ、この人はこういう人だった。優しくて痛みに繊細なのに、悪辣で苛烈な思考もあわせ持つ。大丈夫だ。夢の中にいた神官長と、わたしの目の前にいる神官長は、決定的に絆の種類が違うのだ。彼にはわたしが必要で、わたしには彼が必要で。自分から離れるなんて考えられない話だった。
良かった、とホッとして微笑むと、不敵な笑みを浮かべていた神官長のお顔が近付いてきて、耳元で囁く。
「それとも、早々に私の妻になるか?」
あまりにも好い声で、熱い吐息がかけられて「ふひゃぁぁ!?」と奇声を発してうずくまる。なにこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい!
悶えている内にさすられていた背中から、いつの間にか重ねられていた右手から、ほんのりと熱が、ぞわぞわとした違和感とともに流れ込んでくる。魔力だ。手をとって重ね合わせ時に、熱を移動させるようにして、互いの手の甲に不思議な魔法陣が浮かぶのを確かめたことがある。それが神に認められた夫婦の証だと、とても相性の良い関係であることを教わった。
相性がいいってこういうことだったの?!
わたしは混乱しながらも、流される魔力に酔いしれていた。
性格とか、好みのことだと思っていた。だって神官長はわたしよりもずっと冷静で大人だし、頭が良くて優秀で、記憶力が抜群で。イケメンだし、イケボだし、背が高くて普通にかっこいい。性格は素直じゃなくて、一癖も二癖もあるかもしれないけど、それだって分かってしまえば可愛い……。幸せ指数が少なくて、ゼロどころかマイナスいってそうな人生で、放っておくと損な役回りばかり引き受けてる。なんというか、構い尽くしてお世話したくなる感じだ。
わたしの突飛な話を真面目に聞いて、一緒に考えてくれる研究好きな人。こんなわたしなんかのことを、魔力だけでなく必要としてくれる人。知識欲が旺盛で、誰よりもたくさん本を持っている!
そういう意味で相性が良い≠フだと思っていた……のに!
「はぁ……あっ…………しんかんちょー、あつい、です……」
ふぅ、と吐息をついて。バクバクと高鳴る心臓を押さえる。熱くて、暑くて、息苦しい。変な感じがあちこちでする。お腹の奥がきゅんきゅんする。
ジワリ、となにかが滲んでくるのを止められない。肌が過敏になっている。神官長の手が優しく撫でるたび、震えて声が出てしまう。恥ずかしい。非常に恥ずかしい。
「そのような顔して……それほど気持ちが良いか?」
ニヤリと口の端を持ち上げて、嬉しそうに神官長が話しかけている。
気持ちいい? これが?
この逃げたくなるようなゾワゾワが? 止まらない震えが?
やめて欲しいのに、どこか切なくて。どうなってしまうのか分からなくて怖いのに、この先を知ってみたいような焦がれがあって。
ぐちゃぐちゃになって、境目がわからなくなってしまいそう。自分が自分でなくなりそうで……そうなった時、もしも嫌われてしまったらどうしよう。
どうしたらいいの? それが、一番、恐い。
「はぁ、ぁ……わかり、ません……神官長……ぁ、あっ……フェルディナンドさま……きらいに……嫌いにならないで……」
痺れるような衝撃のあと、わたしの意識はプツリと途絶えたのだった。
2021年8月18日
異常@しれっと添い寝。
異常Aしれっと魔力を流す。
異常B初期のうちにこれらが常態化している流れ。←
いろいろ辻褄が合わないので没ネタに〜〜
(でも、こういうルートも好きです(´∀`*)ウフフ)