こころの声、幸せの意味

 お疲れさますぎた討伐と癒しの儀式の後。マインはぐるぐると考えこんでいた。

 フェルディナンド様の幸せはなに?
 なりたい職とか夢はあるの?

 聞きたいけれど訊けない……尋いてはいけないことのようにも思える。だからか余計に考えてしまう。

 彼はなにが望みなのだろう。
 やっぱり神殿にいるのは不本意で、貴族街に戻りたいと思ってる?
 だから必死にわたしを貴族にしようとするの?

 わたしは神殿がそこまで居心地が悪いと思っていない。
 貴族にとって致命傷な、汚点になる疵になる外聞が悪いと言われも、神様を祀るところだし、やってる事は皆んなのためになる立派な儀式や神事だし、領地を運営するのに欠かせない役目を担っていて……なのに悪いイメージなのが不思議なくらいだった。
 確かに娼館みたいに花捧げが横行してるのは汚らわしいと言われても仕方がないとは思うけど、だったら廃止にすれば良いだけの話だ。貴族が平民に暴行を働いたり、理不尽に命を奪ったりする方がよっぽど悪≠セと思っている。

 だけど、それは平民側なわたしの考えで……貴族にとっては全く違うのだと知った。

 貴族に生まれたのに貴族になれず、蔑まれる平民と同価値であるかのような場所に押し込まれる。
 神殿にいる青色が、ことさら灰色に手厳しくて容赦がないのはそういう劣等感があるからかもしれない。
 しかも、神官長は成人するまでずっと貴族として生きていた人なのだ。それが神殿送りにされたなら、そうとう悔しくて我慢ならないことだったはずだ。
 それなのに神官長は神殿にいる誰よりも真面目に働いていて、灰色たちを理不尽に扱うこともない。
 優しい、なんて言葉で言い表せないほど良い人だ。
 真面目で公正。そうかと思うと実力主義の効率主義で厳しくて、他人にも自分にも容赦がない。
 ちょっとばかり偏屈で、頑なに弱音を吐かない……感情を表に出さない貴族らしい貴族≠フまま。それは神殿にいても貴族街にいても変わらない。
 そこには彼の貴族としての矜持が窺えた――


『もしも魔力が少なかったら……フェルディナンド様は平民として、下町でわたしと生きていきたいと思いますか?』
『? 魔力がなければ我々は出会うまい?』
『そっか。そうですよね……』
『……仮に、君のように生まれが平民であったとしても、私はやはり、君を守るために必要な知識と権力を求めるであろうな。只の平民の身食いでは、貴族に奪われるのを黙って見ていることしかできぬのだ。そのようなことは許しがたい』
『じゃあ、貴族で良かったってことですか?』
『そういうことになるな……手間が省けるのは確かであろう?』
『でも魔力がなかったら、わたしとは出会うこともないんでしょう?』
『……君は、一体なにが言いたいのだ? 君がもしも≠ネどと有り得ない設定を持ち出したのではないか。はっきり言いなさい。君らしくない……』
『……わたしらしさって、何ですかそれ。意味が分かりません……』

 ――フェルディナンド様はわたしの、平民の、何を知っているというのですか?

 出かかった言葉は声にならずに消えた――

 それを言ってはお終いだと、迂闊なわたしでも判る。
 そんなふうに彼を拒絶しても意味なんてない。そもそも平民のわたしにはそんな権利もない。








 自分が無価値に思えてしまう。貴族になんてなれないとも思う。

 どうやっても自分は平民で、その意識を根底から変えることができると思えないし、思いたくない。平民のままでいたい。
 帰りたい……家族の元に帰りたい。お願いだから、家族のところに帰らせて。


   *  *  *


 熱があるのに無理をしてでも帰りたがるローゼマイン。フランやローラの説得や懇願も効果はない。「迎えをよこして、帰らせて欲しい。家族のもとに」……ローゼマインの言い分はそればかりであった。
 しかし、フェルディナンドは医師として許可できない。「このまま君は休みなさい。泊まることになったと遣いを出す」と言い聞かせるように話す。

「それは命令なのですか? 貴族としての、契約主としての指示? 家族に会うのは許されないのですか?」
「君は、私のことも家族同然だと言っていたではないか……」
「でも、神官長はそうは思ってないでしょう? わたしのことを家族だと思えるのですか? わたしは貴族ではありません。どこまでいっても平民で、取り繕っても本物の貴族にはなれません。そんなわたしを、神官長は家族だと認められるのですか? 無理ですよね? わたしではきっと神官長の、貴族の妻にはなれません……今日のことで身に染みたのです」
「……」
「それに神官長がこだわっていたのはその印があったからですよね? だけど私にはそれがありません。シュタープを得ても印が現れる保証はありません。それに印が現れるのがわたし一人だけとは限らないではないですか。神様からの色合わせの印さえあれば、別に神官長はわたしじゃなくても良いのでしょう? こんな、弱くて世話のかかる、非常識で傍迷惑な存在でなくても良いではないですか。いくら神々からのお告げでも、選択の自由くらいあるのではないですか? 神官長が犠牲になって、無理に責任を果たす必要はないと思います」
「…………」


2021年3月22日
このあと魔王がご乱心。
監禁凌辱上等のエーヴィリーベ化する未来しか浮かびませんでした。。
マインが鬱々すると、
分厚い氷に閉ざされた冬がやってきてしまうのですね((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
話が逸れて全く進まなくなるので却下されたボツ案でした(笑)



「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -