二次試験
助言の神様から加護を得て、わたしたちは直感に従いながら二次試験会場へと向かって走っていた。
ヒソカに倒されたと思われる動物の死骸が点々としているので、この道であっているのは明らかだった。
気絶していたレオリオは目を覚まし、いつのまにか治っていた傷口に驚いた。
ゴンとクラピカが訳を話すと、必然的に注目がわたしに集まって。
仕方なくわたしは自分が魔法使いであるらしいことを三人に明かしたのだった。
「それにしても、不思議な力だな……」
「スゲーにもほどがあるってもんよ。ナナミがいりゃあ、医者要らずじゃねーか!」
「そんなことは無いと思うよ。治癒の加護にも限界があると思うから……」
「ねぇねぇ、他にはどんなことができるの?!」
「そうだねぇ……例えばいま武勇の神様や狩猟の神様に祈ったら、走るのが速くなったりするんじゃないかな?」
「そういえばナナミは地下を走っていた時も息切れ一つせずに余裕そうだったが、あの時も加護を得ていたのか?」
「なっ、そりゃズルくねーか?!」
「違うよー。わたし体力だけは人並み以上だから、飛んだり跳ねたり走ったりは得意なの。だからレオリオ、ズルしてないよ! 実力だから!」
「オレだってナナミに負けないよ! 今度キルアと一緒に勝負しよーよ!」
「良いわよ? 無事に試験に合格できたらね!」
そんな会話をしながら、無事に二次試験会場へとたどり着いた四人だった。
「どうやら間に合ったようだな……」
ゴン、クラピカ、わたし、レオリオの順で受験生集団の最後に到着し、ホッと一息ついていると、スケボーを抱えたキルアがやって来る。
「いったいどんなマジック使ったんだ? 絶対もう戻ってこれないと思ったぜ」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、その表情には心配と安堵が滲んでいた。
ゴンがちらりとこちらを見上げてきたので、わたしは静かに頷き返した。
彼が信じた友人なら、わたしにとっても友人だ。事情を話すのは構わない。
「実はさ――」
ゴンが事情を説明している間に、わたし達三人は状況を把握する。
どうやら前方にある大きな扉が正午になって開かないと二次試験が始まらないために待機している状況らしく、小休止という感じらしかった。
ゴンがヒソカとの戦闘?や、わたしの能力について話し終わるとキルアは「いったい何者だよ、あんた……」と呟いた。
「凄いのはわたしだけじゃないよ。ゴンなんか、ここが近付いてきた途端キルアの匂いがする!≠チて言って先に走っていったし」
「はぁ!? 俺の匂いってなんだよ!」
「へへへ。キルアが持ってるスケボーの匂いがしたから分かったんだ〜」
「マジかよ、持ち物の匂い嗅ぐとか犬だなほんと……」
「言えてる。笑」
ヒソカはどうしてわたし達四人を合格だと言っていたのか、そんな疑問について話しているうちに時は満ち。
大きな扉がガラガラと開き、中からこれまた大きな大きな男性と、細身の女性が現れる。
二次試験は二名の美食ハンター試験官によるテストらしく、受験生は大きく困惑した。
まさかハンター試験で料理が課題になるとは思わなかったのだろう。
かく言うわたしも、家庭料理的なことしかできる自信がない。
とてもグルメなハンターの肥えた舌を満足させられるとは思えなかった。
(それでも、やるしかないよね……)
第一の課題がブハラ試験官による豚の丸焼き≠ニ聞いて、安堵したのはわたしだけではないだろう。
ここにいる豚なら種類は自由とのことだったが、クラピカ曰くこの森林公園に豚は一種類しかいないはずだとのことだった。
相変わらず博識である。
今度はキルアも一緒になって、五人で食材となる豚を探す。
そうして見つかった豚はまさかの肉食獣で、それはそれは凶暴そうな目つきの大きな豚だった。
「しかしデカいな……」
「ほんとだね。わたしが蹴ってもビクともしないなんて、そうとう硬いよあの鼻……」
跳ね返されて着地すると、クラピカが困惑したように呟く。
向こうのほうではゴンが軽やかに跳躍して額のあたりを釣り竿で殴っていた。
「みんなー! こいつらおでこが弱点だよーー!」
「でかしたゴン! おりゃあー、いくぜェー!」
「なるほど。発達した強靭な鼻は、もろい額をガードするための進化というわけか……」
レオリオとキルアが瞬時にゴンに続いていく中で、のんきに考察しているクラピカを見て、ナナミはくすりと笑った。
「クラピカは研究者気質なんだね」
「いや、そんなことはないと思うが……」
そう言ったクラピカの頬はほんのりと赤くなっていた。
五人で並んで火を起こし、太った豚をそのまま丸焼きにしていく。
なんだかんだで協力し合うような態勢になっていた。このまま五人全員で合格できると良いと思う。
パチパチとはねる火の粉を眺めながら思うのは、本当はきっと血や内臓の下処理をしてからの方が良いのだろうなということだ。
でも、そこはクラピカの提案もあって諦める。
こんなに大きな豚の丸焼きを食べる量には限りがあるはずで、ブハラが満腹になるまえに合格しなければならないとなると、時間との戦いであるとの予想からだった。
この二次試験には100人くらいが参加しているように思えただけに、のんびり調理に時間をかけていないで早く合格を目指さないと落ちてしまうだろうというのは尤もだった。
そのため、少しでも美味しくなるようにと浄化と料理の神様に加護を願い、しっかりと火を通していく。
生焼けにさえならなければ美味しく仕上がるはずだ。
「うん、美味しい。合格」
「これも美味しい。合格」
そんなセリフを何度も繰り返しながらムシャムシャと豚を食していく試験官。
わたし達の心配は何だったのだろうかというほどの大食らいを見せつけてくる。
「これがプロハンター……」
「ああはなりたくはないがな」
まったくの同意であった――
なんとも驚くことに、試験官はあの豚を70頭以上も完食した。
おかしいおかしいと呟くクラピカは、食べた量と試験官の体積が合わないことを真剣に疑問に思って考えているようだった。
ちょっと天然かもしれない。
そうして与えられた第二の課題はスシ≠ニ呼ばれるものだった。
(スシって、まさか寿司のこと……?)
「どうやら驚いているようね。無理もないわ――」
そうやって寿司≠フ合格条件を説明していくメンチ試験官。
本人曰くブハラ試験官よりは辛党の評価をするらしかった。
今度こそ美味しさを追求しないと合格できないかもしれない。
正直なところ、わたしの転生前の知識は今世ではあまり当てにならないと思った方がいい。
なので、とりあえず博識なクラピカにこっそりと寿司を知っているか尋ねてみる。
「クラピカは寿司って知ってる?」
「見たことはないが文献で読んだことがある。確か酢と調味料を合わせたライスに魚を加えた料理のはずだ」
ジャポンと呼ばれる小さな島国の民族料理とのことだった。
そんなことまで知っているクラピカは本当に博識だ。
(ジャポンってもしかして中身まで日本に似てるのかな……)
わたしが考えこんでいるうちに、レオリオが「魚ぁあーー?!」と大きな声で叫び出す。
こんな森のなかのどこに魚なんかいるんだ!という悲鳴に対し、声がデカい!としゃもじを投げつけるクラピカ。
それも「川とか池とかあるだろーが!」という雄叫び付きだ。
(この二人って時々コントを繰り広げるよね……)
盗み聞き?していた他の受験生達が一斉に走り出す。
それを追うようにレオリオやゴン達も駆けていくなかで、もう何も言うまいと呆れたようすのクラピカを呼び止めた。
「クラピカ、わたし寿司≠チて食べたことあるかも」
「本当か?!」
「うん。でもわたしが食べた寿司はみんな海水魚が使われてた……淡水魚だと、普通に作るだけじゃ美味しくないのかもしれない。
それから大きさはこのくらいの一口サイズで、長方形に切った魚の切り身をごはんの上に乗せるの」
「わかった。味付けには何かしらの工夫が必要ということだな。だが、大きさや形がわかるだけでも有り難い。礼を言う」
「ううん、こちらこそ。いつもクラピカの知識には助けられてるからね」
「では、我々も急ごう」
「そうだね!」
わたしとクラピカが寿司について知っていたこともあり、わたし達五人が作った寿司はなかなか良い線をいっていたのではないかと思うのだが、やはり淡水魚の調理は難しく。
メンチ試験官に合格をもらうことはできなかった。
そもそも、ジャポン出身と思われるスキンヘッドの男が余計なことを言って試験官を怒らせたことに始まって、審査がかなり厳しくなってしまったのだ。
まさかの全員不合格に呆然としているうちに、怒り出した受験生の一人が張り倒され、空からハンター協会の会長が降り立ち、メンチ試験官が反省し……
なんだかんだで第二の課題がやり直しになることが決定した。
飛行船で運ばれること数時間。
たどり着いたのは大きな谷で、そこにあるクモワシの卵をとってきて茹で卵にするというのが再試験の内容だった。
これには賛否両論あったが、受験生の約半分は谷へと飛び降りて卵の獲得に向かった。
ゴンもキルアもレオリオも、こんな試験を待ってました!とばかりに喜んで挑戦していく。クラピカも余裕そうな表情だった。
わたしもバンジージャンプに憧れていたこともあり、ちょっとだけワクワクしながら命綱なしの試験に挑む。
転生して上がった身体能力がなければ無理だっただろうが、今世のわたしは楽々と糸を掴んで卵を盗み、崖を這い上がることができた。
身体が軽いというのは良い。
なんて動きやすい世界だろうか。
出来上がった茹で卵は、今まで食べたどの卵よりも濃厚で美味しいものだった。普通の卵ではないことだけが確かだ。
魔法や魔獣があることといい、本当にこの世界は不思議がいっぱいだ。
こうして和気藹々とした雰囲気で終わった二次試験。
挨拶してくれたネテロ会長もこのまま試験に同行することとなり、一同は再び飛行船へ。
三次試験会場へと向かうのだった。
シャワー設備も食堂もあるという至れり尽くせりな飛行船でしばし休息し、船内探検に飛び出して行った少年二人を放置して、わたしはキレイな夜景を窓から眺めていた。
昔見た東京の煌びやかな夜景には及ばないが、なかなか良い景色であり、懐かしさもあって和んでいると、ふと隣に人が立つ気配がして顔をあげる。
そこには顔中どころか身体も針だらけの男が立っていた。
「…………」
「カタカタカタ、カタカタ」
「……こ、こんばんは?」
顔に刺さっている針は、鍼級の針なのだろうか。
それにしたって喋らないでカタカタと揺れるだけなんて不気味だ。
「カタカタカタ」
そう言って?差し出すのは先ほどまで自分が肩にかけていたタオルで。
拾ってくれたらしいそれを、わたしは素直に受け取った。
「ありがとうございます」
「カタカタ」
結局、謎の301番さんは、そのまま立ち去って行った。
もしかしたら値踏みされていたのかもしれないが、普通に親切な人かもしれなかった。
まだまだ謎ではあるけれど。
ハーブティーを飲みながら寛いでいると、今度はクラピカがやって来るのが見えた。
「こんなところにいたのか、ナナミ。眠れないのか?」
「クラピカこそ。休まなくていいの? 疲れたんじゃない?」
「そうだな。流石に今日は疲れたが…… ナナミはまだまだ余裕そうだな」
「ふふっ、体力だけは自信あるから」
「人は見かけによらないな。私ももっと鍛えなければ……」
「クラピカはさ、試験に合格したあとはどうするの?」
「緋の目の情報と同時に雇い先を探すつもりだ」
「それってやっぱりブラックマーケットに通じる方面で?」
「ああ」
「そっか……」
なんだかなぁと切なく思うけれど、わたしに口出す権利はない。
言いたいことを飲み込むようにして、わたしはハーブティーを口にした。
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