アンダーボス
護衛団が解散されたあと、わたし達は一般構成員になるのではなく最初から幹部候補生としてスタートした。
そもそもボスの切り札であったネオンを守る護衛団は強さに重きを置いて採用されており、一般の構成員より遥かに強い者ばかりだった。ある意味では最強のチームだったのである。
そして、強さを重視する奴等の集まりの中で出世しようと思ったら強さを含めた優秀さを見せれば良い。念能力者であったわたし達には容易いことだった。
わたし達はあっという間に幹部になった。
そして、護衛団リーダーだったクラピカが、そのまま若頭(アンダーボス)の座につくのは当然のことと言えた。
「おはようございます、姐さん!」
「姐さん、今日も美しいッスね!」
「おはよう。ありがとう。あとわたしはまだ姐じゃないからね」
正直に言うと呼ばれすぎて慣れつつあった。けれど姐と呼ばれるのにはやっぱり抵抗がある。何しろわたし達はまだ未成年で、未婚で。世間一般的には10代の恋人同士だ。
例えわたしがクラピカの内縁の妻だったとしても。ここが裏社会という独自の世界だったとしても。姐と呼ばれるのには早いと思うのだ。
あと、馴染んだら終わりな気がする。ここから抜け出せなくなりそうで。
ここ最近の日課となっている花の手入れをするために事務所ビルの地下に降りる。そこにはクラピカのプライベートスペース的な礼拝室のような場所があり、わたしだけは勝手に入ることを許可されていた。
朝一番に緋の眼と添えられた花々の手入れをする。感覚としては仏壇に朝の挨拶をするような感じだ。
クラピカの同胞達の目の奪還は順調で、全部には程遠いけれど、少しずつ集まってきている。オークションなどで売られている価格を思えば、かなりのハイスピードと言えるだろう。
鍵を開けようとして、既に開いていることに気付く。クラピカが入っているのだろう。ゆっくりとドアを開けて入室した。
「おはよう、クラピカ」
「ナナミ。もう朝か……おはよう」
「また徹夜しちゃったの?」
「そのようだ」
彼は今ヨルビアン大陸の地図がおおむね終了し、アイジエン大陸の地図に手を出している。
クラピカのダウジングチェーンが使える地図の縮図はある程度決まっていて、そのため大陸全土の主要都市を見るだけでも膨大な量になってしまう。
けれども手掛かりがない時にはこうして探索をし続けている彼は、何かしないではいられないのだろう。考えるべきことが無いからこそ余計に。
「今度パドキアか、ナルソナ共和国に行って魚を放してこようと思うの。1週間くらい休んでもいい?」
そう言ってクラピカの横を通り過ぎ、花々を新しいものと交換していく。
「構わないが、何か手掛かりがあったのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……今まで裏側からいかにも怪しい≠ニころばっかり探してきたじゃない? たまには表側からも探してみようかなって。案外、表向きの顔が良い人の方が、裏でけっこう悪いことをしてたりするんじゃないかな。裏の世界に生きる人が、意外と善良だったりするのと同じような確率でさ」
「ふむ。有力者の表の仮面を剥がしに行くのか」
「それにそういう人のほうが弱点を握りやすいしね」
「善行を重ねる人ほど抑圧されたものを隠しており、後ろめたいことがある者こそ社会的に認められたがる……真理かもしれないな」
「途中ちょっとジャポンにも寄ってみたいんだよね。だから1週間。できれば10日お休みをもらえると嬉しいな」
「これまで有給を使ったこともなかったしな。代休と一緒に消化したらどうだ? それなら私も同行できる」
「え?! いやいや、さすがにクラピカが10日も不在にしたらマズいんじゃない……?」
ナナミは思わず手を止め、振り返って言った。
クラピカが緋の目のことで忙しくしておらず、組のことを任せておけるからこそ遠くに行こうと思ったのだ。幹部が2人も抜けてしまったら、今のノストラード組には痛手だろう。
しかしかクラピカは真剣に考え込んでいる。いろいろと頭の中で予定を検討しているのだろう。
(一緒に行けたらそりゃ嬉しいけど……なんか婚前旅行みたいじゃない? いいのかな? みんなが忙しくしてる時にわたし達だけ遊んでて)
クラピカにしたら遊びではないし、緋の目を探すことが最優先なので、マフィアの仕事を後回しにするのは当たり前なのかもしれないが……少なくともナナミはこの仕事に愛着を持ち始めていた。
目的のための手段としてノストラード組に入ったが、最近では可愛がっている部下もいる。簡単には切り捨てられなくなってきた。
幹部(カポ)としての立場的責任を果たしたいと思う自分が、無責任にはなりたくないと叫ぶ。
信頼を裏切りたくないという気持ちは、評価されて初めて思うこと。
ナナミはスラム街で働きながら暮らしていた頃からみても、ここまで他人に評価されたのは初めてだった。それゆえに手放し難くなっている。
もちろん最優先はクラピカのしたいことを応援することだが。
「では来週末の土曜から、4月の初めにかけて休みを取ろう。それなら電話のやり取りだけでなんとかなる」
「いいの? 本当に?」
思いがけないことの連続に、ナナミは気持ちがふわふわと浮き立った。
「ああ、大丈夫だ。ナナミの方は問題ないか?」
「全然!」
クラピカは気付いていないようだが、その時期はクラピカの誕生日がある。そんな特別な日に彼を独占できるなんて、嬉しくてたまらないナナミだった。
(クラピカも19歳かぁ……)
1年後には2人とも成人しており、結婚だって出来るようになる。
ずっと仕事で忙しくしていたため、時の流れが早く感じるナナミだった。
(でもまだクラピカと出会ってから1年しか経ってないんだよね……本当に怒涛の日々だったよなぁ)
濃ゆすぎる日々を経て貫禄が増したクラピカのように、自分も少しは成長しているのだろうか。そう思わずにいられないナナミだった。
他の幹部達に休みの件について報告すると、とくにセンリツに推奨された。
わたしが内心めちゃくちゃ喜んでいるのが心音でバレバレなのだろう。
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