9月4日B
sideクラピカ
「くそっ」
「焦りは禁物よクラピカ!」
「わかってる!」
「わかってないわよ! あなたの無謀な追跡のせいで2人が危険にさらされているのよ!!」
わかっている。2人が捕まったのはオレのせいだ。
だが、この怒りを、憎しみを、どうしても抑えることができない。
「どうして2人が自ら捕まりにいったかわかってるの? あなたがここで見つかったらもう誰も旅団を止められないからよ」
わかっている。冷静にならなければならない。
焦るな。冷静になれ。
「すまない」
パクノダという女を抹殺するため捜索し、現れた旅団が走り出したのをみて自らの足で追跡をしたが、警戒していたヤツらに尾行が見つかってしまった。悪手だった。
ブルルル ブルルル――
センリツが携帯電話を取り出す。
「ナナミだわ」
「ナナミだと?!」
「ええ。もしもし」
ナナミからの電話と聞いて、オレは今の今までナナミのことを忘れていたことに気付いて愕然とした。彼女の現在地はかなり遠く、ぼんやりしたものになっている。
「ナナミ? どうしたの? 心音が…… 非常事態なのね? 探さないで欲しいの? 大丈夫、クラピカに伝えるわ 必ず生きて帰ってきて」
不穏な会話に悪い予感がよぎった。
「ナナミは今どうしてるんだ?!」
「わからないわ。何か事件に巻き込まれているみたい。強い緊張と不安、それから焦りと恐怖の混ざった心音だった。おそらく誰かに監視されているのね。あたしを職場の友達に見立てて話していたの。具合が悪いから来週は休むって店長に伝えてって。店長ってあなたのことよきっと。それから店長も無理しないように言っておいて欲しいって。またねって話していたから、帰るつもりはあるのだと思うわ」
「どういうことだ……ナナミは誰かに捕われているのか?」
「そうかもしれないわ。あなたのことを心配してる時の音だった。無茶しないか不安でたまらない音色……ナナミはいつもクラピカのことばかりね。今もまるでこっちの状況を知ってるみたいだわ」
「……無事に帰って来るんだろうか」
「信じて待ちましょ。今は目の前の2人を助け出すことが先決よ」
「そう、だな」
さまざまな感情で動揺していた。
「どんな人間だってスキは必ずできるわ。根くらべよ。あせらないで」
「ああ」
「スクワラは?」
「携帯に出ないんだ。どうやらホテルに置き忘れて出たらしい」
ナナミまで失ったらと思うと、オレは――
「あ、あのフランクリンさん? 良かったら顔の傷、治しましょうか?」
「ふっ、オレはこのままでいい」
「そうですか。余計なことを言ったみたいでスミマセン」
「そんなビビんなくても取って食いやしねェよ」
「緊張してるんです。なにしろ天下の幻影旅団ですから」
「なるほどな」
どうにか糸口にならないかと話しかけてみたが、大して話は弾まない。
眠りの神に祈って強制的に眠らせることも考えたが、わたしのポテンシャルを知るヒソカがここにいる以上、下手なことは出来ない。
機をうかがっているうちにフランクリンに電話がかかり、クロロが鎖野郎ことクラピカに攫われたことを知る。
そして2人の子供が鎖野郎の仲間で、人質として捕まえてあり、全員でここに戻って来るそうだ。
(ゴンとキルアがここに来る……)
着実にわたしの身バレが近づいていた。
カタン――
入り口の方で小さな音がした。
「誰かいるな。調べるぞ。おまえはそこでジッとしてろ」
「わかりました」
(チャンスが来た……!)
わたしは三人が大部屋を出て行くのを見届けた瞬間、これでもかと魔力とオーラを込めて隠蔽の神に祈りを捧げた。
そうして思った通りに自分の姿が透明になっているのを確認する。これで絶をしていれば見つかることはないだろう。高感度な円をされないうちは多分。
不思議なことに、絶をしていても魔法は使える。念能力だけではない力が、わたしにはあるのだ。
やはり≠ニ思いながら静かに歩く。キルアを見習って慎重に。
女はどこだ
逃げたか
まぁいい、放っておけ。今はそれどころじゃねェ
そんな話し声が聞こえた。
(このまま駅とは逆方向に向かって逃げよう……)
「…………」
本当にそれでいいのだろうか。
これから捕われたゴンとキルアがやって来るのに。
もしかしたら怪我をしてるかもしれないのに。
「ごめんなさい、ちょっとトイレに行ってました」
わたしは少しバカかもしれない。
けれど2人の無事を確かめるまで、逃げるのは後回しにすることにした――
「ナナミ?!」
「なんでこんなとこにいるんだよ!」
真っ先にゴンが叫んでしまう。やっぱり他人のふりはできない子だ。
そしてキルア。ちょっと疑ってるでしょ。悲しいからやめてほしい。
「久しぶり、2人とも」
「知り合いか?」
「以前、船で知り合った子たちです」
「ふーん。ナナミの遭遇率ってホントすごいね」
「はい。わたしも驚いています」
あっという間に鎖で拘束されていくゴンとキルア。
今更だが手首の縛めすらないわたしの存在とは何なのだろう。
「あの、シャルナークさん。ノブナガさんはどうしたのですか?」
「ああ、ちょっとね」
ノブナガだけが意識のない状態で運ばれてきたのだ。
その理由はさっぱり分からないが、今は人質交換(クロロ奪還)の話で盛り上がって?いる。
しかしパクノダが戻ってくるまではここで待機するしかないらしい。
「ねぇ、どうしてナナミがここにいるの?」
ゴンがこそこそと話しかけてくる。
「わたしは変装を見破っちゃって捕まったの。誰かの人質ってわけじゃないよ」
(お願い、これで察してゴン! クラピカとの関係は秘密なの!)
なんとか意味が通じたのか、ゴンもキルアもあれからずっと黙って静観している。
パクノダが戻ってきてからも、それはしばらく続いた。
「のめると思ってんのか、そんな条件をよ。場所を言えパクノダ。ガキ2人殺して鎖野郎を殺りにいく」
フィンクスはかなりお怒りだ。
「絶対に場所は言わないし、2人を連れて戻るのは私だけよ。邪魔しないで」
パクノダがちらりとわたしを見た。
きっと彼女はわたしがネオンのボディーガードだって気付いてる。
わたしが鎖野郎の仲間だということを知りながら、団長を取り戻すために黙っている。もしくは2人を返したあとに利用しようとしている?
「行きなよパクノダ。ここはあたし達がとめる」
「本気かよ。理解できねェぜ。お前ら頭どーかしちまったのか?!」
パクノダ、マチ、コルトピが、フィンクス、フェイタンと反目し合う。
「本当にわからないの?」
完全に意見が分かれ、今にもケンカ?が始まりそうになった瞬間、ゴンの直球が炸裂した。
「お前達の団長を助けたいからに決まってるだろう!? 仲間を取り戻したいって気持ちが、そんなに理解できないことなのか!!」
ゴンが豪快に鎖を引きちぎって立ち上がる。多分わたしも出来るけど。
やれやれと言いながら、キルアも鎖をちぎっていた。
「黙ってろガキが。助かりたくて必死か」
「自分のために言ってるんじゃない。取り消せ!!」
「やなこった。文句あるならこいよ。一歩でも動いたらその首へし折るぜ」
「んじゃやだね! 誰が動くもんか!」
安定のゴンにちょっと拍子抜けしてしまう。
そのままクラピカはお前達とは違う!!≠ニ言って語るゴンの姿に胸が苦しくなった。
憎しみに焼かれて容赦なしに殺したりしないと断言できるゴンが眩しい。
わたしは断言できる自信がなかった。
約束を一方的に破ることはしないとは言い切れるけれど、憎しみの深さに関してだけは不安が残る。
わたしよりもゴンのほうがずっとクラピカを信じているのかもしれない。
どんなクラピカでも愛せる自信だけはあるけれど。
フランクリンが仲裁し、簡単なことだと別の行動を提案する。
2人とパクノダを行かせて団長が戻って来なかったらその時は操作されてるヤツ全員ぶっ殺してクモ再生だ、という荒っぽいものだった。
ゴンとキルアという人質に、わたしが混ざることは可能なのだろうか。
ピルルル――
携帯電話がなってフィンクスがとる。
クラピカから人質に代わるよう言われたらしい。乱暴に携帯を投げてゴンに渡す。
全員いるか?
「うん、全員いるよ。それからアジトにはもう1人捕まってる人がいるんだけど、その人も一緒に連れてっていい? クラピカも知ってる人だよ! ほら、オレ達が最初に会った船に乗ってた女の人」
! わかった。彼女も連れてきてくれ
ゴンがクラピカと交渉をし、携帯をフィンクスに戻す。
「そっちの条件通り、これからパクノダと人質2人を向かわせる」
捕らえている女がいるらしいな。その人も解放しろ
こうして、わたしは無事に解放される流れとなった。
「あなた、鎖野郎の女だったのね……どうして隠していることを聞いたとき記憶になかったのかしら」
「恋人や仕事仲間というのは隠してなかったからでは?」
「そんな屁理屈が通ると思ってるの?」
「冗談です。神様のご加護があったんです。あの時は必死に隠蔽の神に祈ってました」
「不思議な力ね。ほんとに惜しいわ、あなたが旅団に入ってくれたら良かったのに」
「わたしには無理ですよ。皆さんのような度胸もありませんし」
「そうかしら。ずっと冷静だったじゃない」
「内心は大荒れでした」
わたしはパクノダと少しだけ距離をあけて並んで歩く。
敵なのに普通に話しているのが不思議だった。
「……ねぇ、なぜ逃げないの?」
「なぜ、というと?」
「おそらく手負いの私より、あんた達の方が足は速いわ。ここであんた達が逃げれば、こっちの切り札はなくなって、鎖野郎は望み通り団長を殺せるのに……なぜそうしようとしないの? アイツの仲間なんでしょ?」
「仲間だからだよ!!」
ゴンが叫ぶ。
「仲間だから、本当はクラピカに人殺しなんてしてほしくない! だから、交換で済むならそれが一番いいんだ!!」
「…………」
「それはそうとパクノダさん、怪我してるんですか? 治しましょうか?」
「……あなたバカ?」
「む。パクノダさんは団長を取り戻したい。ゴンとキルアを殺したりしたらそれは叶いません。わたしは皆さんに比べたら弱いですが、自分にできることがあるならやりたいし、信じたい人を信じます」
治癒の神に祈って加護を得る。
思ったとおり、パクノダはわたし達を攻撃したりはしなかった。
リンゴーン空港について飛行船に乗ろうとした時、誰かが近づいてきて警戒する。
「「「ヒソカ!」」」
わたしは風神の盾を張る。
ヒソカはクラピカと電話をしているようだった。自分も乗せろと交渉しているのかもしれない。
「ヒソカは本当に意味不明だよ……なんでずっとわたしのことを黙ってたんだろう」
「あなた、ヒソカとも知り合いだったの?」
わたしはコクリと頷いた。
飛行船に乗ってどこかへ運ばれる。
断崖絶壁のエリアに着陸すると、わたし達は船を降りた。ヒソカもいる。
キルアの携帯が鳴り、ちょこっと話したあとにピトりと胸にあてる。
そうして次にわたしに渡してきた。きっとセンリツに聞かせるためだろう。わたしは普通に会話をする。
「センリツ、聞こえる?」
「ええ。いつもの貴女みたいね。良かったわ」
「りっちゃんとか勝手に呼んでゴメンね?」
「ふふっ 店長は無茶しっぱなしよ?」
キルアに携帯を返すと、クラピカの合図で人質の交換が始まった。
ゆっくりと歩きながら距離を詰めていく。広い空間を挟んでいるとはいえ、すれ違う瞬間はとても緊張した。
向こう側に到着し、最初に目が合ったクラピカよりも、レオリオの方がホッとしている顔なのが印象的だった。
クラピカの緋の目が険しい。
早いところ休ませないと、ずっとこんな目付きになってしまうような気がする。
船内に入って窓から下界を覗く。
ここまで同行してきたヒソカだが、実は旅団のメンバーというのは嘘だったらしい。彼が団長(クロロ)と戦いたがっていたというのは初耳だった。
その機会をさらりと奪ったクラピカは、ヒソカに恨まれたりしないだろうか。ちょっと心配だ。
わたしがセンリツと話している間、ゴンとキルアはクラピカから謝罪を受けていた。なんでもクラピカが無茶な追跡をした結果、ゴンとキルアが人質にとられてしまったとのことだった。
「ナナミ」
びしょ濡れた髪の毛をタオルで拭いていると、クラピカに呼ばれる。
「ただいま、クラピカ」
「……おかえり……無事でよかった」
「話したいことが一杯あるんだけど、今日はもう疲れたから……説明するのは明日にするね?」
「ああ、構わない。こちらも色々あったからな。擦り合わせは明日にしよう」
「せっかくの休日だったのに、全然休まらなかったね」
「たしかにな」
「長い一日だったよ。おやすみ、クラピカ」
そう言ってからわたしは、眠りの神に祈ってクラピカを強制的に眠らせたのだった。
「おいおい、クラピカはどうしたんだ?」
倒れたクラピカを支えて抱き上げると、レオリオが代わってくれた。
「クラピカの身体はもうとっくに限界を超えてるの。だから少しでも早く眠ってもらっただけ」
「癒しの神よ、クラピカにご加護がありますように……」
治癒の神、浄化の神と重ねて祈り、わたしはクラピカの回復を願った。
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