9月3日A


「何それ?」

そう訊いた途端にゆっくりと倒れ込むネオン。

「ネオン!?」

「大丈夫ですか?!」

そこからは怒涛の展開で。
まるでネオンの護衛か付き人であるかのように振る舞う彼。
仲間からはダンチョーと呼ばれている彼。
不穏すぎる。まさかという考えが消えない。




上階にある控え室までネオンを運ぶ。
クロロの手伝おうという申し出を断ると彼はあっさりと引いて去った。

さっき一瞬彼の手が動いたように見えたあとネオンが倒れた。クロロのせいかもしれなかった。

「ネオン、ごめんね」

なんて頼りないボディーガードだろうか。
結局いてもいなくても同じ、というような結果になってしまっている。

癒しの神に祈ってネオンの回復を願う。
しばらくすると、目を覚ましたネオンは何がなんだか分からないようだった。


「ネオン、今日のオークションは諦めよう。オークションがまた盗賊に狙われてるみたいなの。今も遠くでだけど銃撃戦が行われてる。近づいてきてるの」

「そんな……でも今日は緋の目が……」

「約束したよね? わたしが危険だと判断したら素直に従うって」

「…………」

「このままだと巻き込まれて死ぬかもしれない。それでも良いの?」

「分かったよ〜……でもどうやってここから帰るの?」

「今お父様がこちらに向かってきてるから、移動するのはそれを待ってからね。その間に警備として雇われてる暗殺者達が犯人グループを倒してくれるかもしれないし」

(希望的観測だけどね……)









「ネオン! 無事か!?」

「パパ!」

駆けつけたライト氏にネオンが嬉しそうに反応する。
こうして見ると、親に気にかけてもらいたくて脱走したみたいにも見える。

「ナナミと言ったか」

「はい」

「一体どういうつもりでネオンをここへ連れてきた」

「申し訳ありません。逃げ出したネオン様を追いかけているうちに成り行きでここまで来てしまいました」

「パパ! ナナミを怒らないで! ネオンが一緒に来てって頼んだの! 護衛がいれば、パパも安心すると思って。それともパパはネオンが一人でここに乗り込んだ方が良かった?」

「そんなことはないさ。でもパパが心配したのは分かるだろう? 無事だったから良かったものの、ここは危険なんだ」

「それだってパパが嘘つくから悪いんだよ! オークションが盗賊に襲われるって知ってたらネオンだって無理やり来なかったもん!」

「悪かった。説明が足りてなかったな。機嫌を直してくれ」
 







ネオンのおかげでお咎め無しとなったわたしだったが、結局オークションに参加させるというネオンとの約束は守れなかった。よって取引は不成立である。

少しだけ残念に思っていると、控え室にクラピカがやってくる。
ハンターサイトで確認したところ、ネオンの名前だけでなく顔写真まで公開されていたとのことだった。
護衛団の名簿にも、数時間前にはなかったヴェーゼとバショウが載っていたという。


「じゃああの男はやっぱり初めからネオン様を利用するのが目的で……?」

「探し出して、ぶっ殺してやる!!」

「落ち着いてください。まずは彼女の安全確保が最優先。状況から見て目的は彼女以外にありそうです。例えばセメタリービルの侵入に際して参加証のみでは不安で娘さんを人質の保険として利用したとか」

「え〜、そんなに悪そうな人には見えなかったけど〜」

ネオンはクロロの親切心だと信じたいのだろうが、わたしには黒にしか思えない。あの様子からして占ってもらうことが目的だった可能性がある。
もしも誘拐が目的だったなら、わたしではきっと太刀打ちできずに死んでいたのだろう。


「とにかくここにいてはまた何かに巻き込まれかねません。センリツ達に連絡したのでもうすぐ来るでしょう」

「奴等に任せて大丈夫なのか?!」

「ボスも一緒に戻ってください」

「しかし競売が……」

「ありません。ここは戦場になります」


クラピカはきっぱりと断言した。

遠くで鳴る救急車のサイレンが、このビルに近づいてきていた。








あちこちで爆発音が聞こえ始めたころ、ネオンのために呼ばれた救急車が到着する。

いきなり倒れたネオンは念のため病院で検査を受けることになり、病院まで救急車を利用することになった。しかし外は戦場さながらの様子で出るに出られない状況だ。

わたしは引き続きネオンの護衛を任され、クラピカは暗殺チームの仕事に戻る。


「……っ!」

しばらくすると唐突に誰かの円に包まれて驚く。
これだけ大きな円だとフロアー丸ごと包んでいるのかもしれない。とんでもない念能力者がビル内にいる。暗殺チームの一人だろうか。

こうなると念魚の存在がバレバレなので、いったんビル内の木曜日の噂話を解いておく。
ここのところ長時間ずっとオンラインで連続使用しているので少し疲れ気味だ。オーラの消費も激しい。今は非常時なだけに、なるべくオーラを温存しておきたかった。


外ではドォンドォンと爆発音がしている。
窓から見える景色でも、この戦争の激しさは明らかだった。


――ズンッ!!!!

まるで地震のような衝撃がビル内を走る。
一体なにが起きているのか。ついにビル内に踏み込まれたのか。


それから少しすると、騒ぎが収まり始めたのか、外がだいぶ静かになってきた。
そのチャンスを逃してはならぬと救急車での移動準備を始める。

ネオン、ボス、わたしを乗せて、エル病院へと向かうことになった。
わたしは二人を守るべく、円を使い始める。

ボスは本当に道中が安全なのかとクラピカに詰め寄って、クラピカはそれに冷静に答えていた。

「もし救急車を襲う気なら来る時に仕掛けているはずです。今なら流れ弾の危険もまずないでしょう」

ボスはわたしが同乗していても安心できないのだろう。わたしの盾の力を知らないということもあるが。

「それに万が一の時はナナミの側にいる方が安全です」

クラピカがわたしの能力を説明するために小石を拾って投げつける。
わたしは瞬時に風の盾を張って弾いてみせた。
ボスはようやく納得してくれた。








病院に着いてネオンが検査を受ける。

待っている間、わたしはセンリツとバショウに単独行動を怒られた。
リーダーでもないのに勝手に行動してしまった。
おまけに私利のために。それは反省すべきことだった。

病室の外で待っていると、ボスのケータイが鳴ったのが聞こえた。きっとセンリツなら内容も聞こえているのだろうと思い、視線を送る。

「クラピカからよ。……旅団のリーダーが殺られて、競売が予定通りに始まったって。……今、最後の品で緋の目が競りにかけられているらしいわ。ボスは当然落札するつもりみたい」

「そう、緋の目が……」

「あなた大丈夫? 疲れてるのかしら、なんだか憔悴した音がしているわ」

「自分の無力さを噛み締めてるだけだよ。今回わたしは何の役にも立たなかったから……」

「ちゃんとボスを守り通したじゃないの」

「それだって、たまたまだよ。それに今はクラピカの方が大変だと思う……どんな気持ちで競りに参加してるんだろう」

「そうね。複雑でしょうね」












「キャー! やったーー!! パパありがとーー!!」

病室の外にまで、ネオンの喜びの声は響いてきた。
クラピカが、競り落とした緋の目を持ち帰ってきたのである。

「ご苦労だった。娘の身体も特に問題ないようだから、これからホテルに戻ることにする。あとは明日、俳優のティッシュを競り落として競売は終了だ」

29億も使ったあとなのに、ボスは機嫌が良さそうだ。
そんなに娘のご機嫌取りが大事なのか。大事なのだろう。ネオンの能力は希少だ。

「オレは明後日の午前中にここを発つが、お前達はしばらく娘の買い物に付き合ってやれ」

ボスはそんな指令を残していった。




クラピカは消沈した様子で椅子に座っている。とても明日の競売や買い物なんか任せられそうにない。
大丈夫なわけがないのだから、大丈夫?なんて声かけもできない。
とにかく休んで欲しかった。

「クラピカ、明日の競売と明後日からの買い物はわたし達がやるから、何日かまとまって休んだらどうかな?」

こんな提案しかできない。わたしは本当に無力だった。

「それを言うならナナミもよ。顔色も悪いし、あなた達2人一緒に休んだらどう?」

センリツが音色ではなく顔色を指摘するのは珍しかった。そんなに悪いのだろうかと頬をさする。



「そう、か……すまないが、頼む……」

クラピカは立ち上がると、ふらふらと歩いていく。

迷ったが、わたしもついて行くことにした。








クラピカは屋上へと向かっていく。

屋上に着くとおもむろに携帯電話をとりだし電話をし始めた。

「……ああ。旅団を止めたいと言っていたな。その必要はなくなったよ。旅団は死んだ」

そう言って電話を切ると、電源を落としてしまっていた。

そういえばネオンのことがあって電源を落としていたのを忘れていた。もしかしたらわたしにもキルア達から連絡が入っていたのかも。

「ゴン達から?」

「ああ」

今のクラピカを見ていると、緋の目のことより、旅団が死んだことにショックを受けているように見える。

「クラピカ……わたし実はネオン様と取引したの。オークションに連れてってくれたら何でも1つ願いを叶えてくれるって言われて……それで緋の目を貰えないかなって思っちゃって……バカだよね。あんな子供の言うこと真に受けるなんて。しかも結局オークションには参加させてあげられなくて、ネオン様を危険に晒しただけだった。本当だったらクビになっててもおかしくない……ううん、ダルツォルネがいたらわたしのこと殺して剥製にしてたかも」

「随分と、無茶をする……」

「やっぱり楽をしようとしちゃだめだよね。地道に、計画立てて、外堀を埋めて取り戻していくしかないよね」

「……そうだな」

「だから、これからは……ッ」

急激に涙腺が崩壊して涙がこぼれる。

(緋の目を集めようね……一緒に集めようね……)
(わたしはここにいるよ、クラピカ……わたしがいるからね……)

想いが溢れて形になってしまったみたいだ。
言えない言葉が涙に変わっていく。

背中を向けていたクラピカが、驚いてこちらを振り返った。

「ッごめん、ちょっと……何でもない。疲れてるのかも……」

「ナナミ? 大丈夫か?」

「クラピカよりは大丈夫だよ」

「何故泣く? 何かあったのか?」

「無いよ。何にもない……」


ただ少し、あなたの中にわたしが居ないことを淋しく思っただけだ。
あなたの描く未来にわたしが居ないことを悲しく思っただけだ。

今は少し動転して、囚われているだけだと分かっている。
だってクラピカは結婚の約束をしてくれた。
わたしとの未来を思い描いてくれていた時があったのだ。

ただ少し、それが消えてしまう可能性に気付いて驚いただけだ。
たまたま考えたことがなかったから、衝撃を受けただけなのだ。

 


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