最終試験
翌日になって到着した試験会場は、今日のために貸し切りにしているという都会的なホテルだった。
大きなホールに集められ、最終試験の内容が発表される。
思った通り、試験は戦い≠セった。
ハンター試験なのだから、今更かもしれないが……シンプルなトーナメント戦に見せかけて、複雑な組み合わせに息をのむ。
周りの受験生も、公平でない組み合わせに驚いているようだった。
それよりも――
(初戦はクラピカとかぁ……)
面接のときに、仲間とは戦いたくないと言っておけば良かったのかもしれない……などと考えても後の祭りである。
わたしはクラピカの方をちらりと横目に見たが、クラピカはジッと前を見据えたままだった。
殺したら失格。相手に「参った」と言わせたら勝ち。
そんなシンプルなルールで始まった第一の試合はゴンとハンゾーの対決で。
忍者のハンゾーは体術に優れ、ゴンが一方的にやられていくばかりだった。
やられてもやられても、ゴンは負けを認めない。
見ている方がつらい試合だと言えた。
ゴンの試合を見守りながら、クラピカとの対決について考える。
意外と頑固なクラピカだから、ゴンと同じようになかなか負けを認めたりはしないだろう。
クラピカを無駄に痛めつけるのは嫌だった。
かと言って殺さずに参ったと言わせるのも難しい……どうしたら勝てるだろう。
たった一勝すれば試験は合格なのに、その一勝が果てしなく遠い。
どうしたらいいのか分からない。
そんな迷宮に入ったままの状態で、結局ゴンの粘り勝ちとなった試合が終わる。
わたしはいよいよ困惑し、思わずクラピカを見つめていた。
「第二試合、クラピカvsナナミ! 両者前へ!」
審判の声が響いた。
なかなか視線が合わなかったクラピカと目線が絡む。
わたしはそうとう不安そうな顔をしていたのだろう……クラピカは困ったように微笑んだ。
「大丈夫だ、ナナミ。心配いらない」
「クラピカ? それってどういう……」
意味を尋ねる途中でクラピカは行ってしまった。
ますます困惑しながらも、わたしも追いかけるように持ち場についた。
(クラピカには何か妙案があるのかな? まさか平和的な勝負方法をしようとしてるとか?)
クラピカの真意が読めないまま、試合開始の合図が叫ばれる。
あたりがシンと静まるも、クラピカは、黙ったままだ。
そうしていよいよ自分から何か平和的な勝負方法を提案しようと口を開こうとしたとき、クラピカの口が「ま」の形を取ろうとするのを悟る。
その瞬間、わたしは高らかに叫んでいた。
「ま――」
「そんなの駄目!!」
sideクラピカ
理由があれば誰とでも戦う
オレは面接の席でそう言い放った過去の自分を悔いていた。
視界の端に不安そうなナナミの姿があることには気付いていた。何度もオレのことを気にして見ていることにも。
彼女の目に自分はどう映っているのだろうか。
あれだけ親しくしてきたにも関わらず、今さら恐怖の対象として見られるのは嫌だった。自分がナナミに危害を加えると思われるのも。
(大丈夫なのだよ、ナナミ。私は君を傷付けない……)
敵でもない女性を殴ることなどできない。
ましてや相手は親しくしている女性だ。これまでの試験中、何度も彼女には世話になった。
尚のこと手を上げることなど不可能だった。彼女は傷付けたくない。
最初からオレは投降することを決めていた。
それなのに――
「ま――」
「そんなのダメ!!」
それは悲鳴のように切実な彼女の声だった。
「まさかと思うけどクラピカ、戦う前から負けを認めたりしないよね?」
「……私はナナミと争うつもりは無いのだよ」
「今更? だってこれはハンター試験だよ?」
「これまでも協力してきたと思うが?」
どうやらナナミは勝ちを譲られるのが嫌らしい。
「それはそういう試験内容だったからでしょ?! いっつも真剣に攻略してきたじゃない! お互いに合格できるよう頑張ろうねって!」
「一対一の対決になってしまったのだなら仕方あるまい? 勝てるのはどちらか一人のみだ。この試合、私は負けで構わない」
「わたしが構う。そんなの認めないから! ちゃんとわたしと戦って!」
「私は君を傷付けたくない」
「ダメ! ちゃんと勝負してくれないと、クラピカのこと嫌いになるから!!」
「それは……」
構わない、とは言いづらい宣言だった。
そうなって初めて、自分がナナミに嫌われたくないと考えていることに気付く。
最早ただの友人の域はとうに超えていたのだ。それ以上に、オレはナナミに好かれたいとすら思っている。
今更の事実に愕然とする。
「じゃあ、腕相撲! わたしと腕相撲で勝負して、わたしが勝ってからクラピカは負けを宣言して」
「……いいだろう」
それで彼女の気が済むのなら――
その時のオレは本気でそんなことを考えていた。
クラピカは初めからわたしに勝とうなんて考えてなかったのだ。
そのことに無性に腹が立ってくる。
これは大事な試験なのに。真剣勝負の場所なのに。同じ合格を目指す受験生――ライバルとして全く相手にされていないという事実は、悔しいだけじゃなく悲しい。
わたしだって戦えるのに。
わたしだって役に立てるのに。
そんな反発心でいっぱいだった。
反論する言葉の端々に怒りがこもる。
なんとか言いくるめて腕相撲という勝負方法に持ち込み、クラピカと戦える状況にできた。
こうなったらコテンパンにしてやろうと思い立つ。
腕相撲というステージなら、容赦なく彼と戦えると思った。
審判に勝負開始の掛け声をお願いし、わたしとクラピカが手を繋ぐ。
クラピカと手を繋ぐのは2回目だが、今はただ妙に馴染む手のひらが憎らしかった。
「レディー ゴー!」
クラピカが軽く力を込めてきたのに合わせて力を込める。そっと握るような感覚だ。
そして徐々に徐々に加える力を増やしていった。
「…………!」
クラピカも異変に気付いたのだろう。
戸惑いのなかに驚いたような表情が見え隠れしている。
「クラピカ。本気でやってる? わたし全然動いてないよ?」
わざと煽るように告げれば、クラピカも本気を出してきた。先程よりだいぶ力が強くなる。
けれどもそれは、一般男性ならのレベルである。
対するわたしは転生チートの怪力女。500kgのバーベルだって余裕で持ち上げられるのだ。見かけ通りと侮ってもらっては困る。
そんなわけで、ゆっくりゆっくりとクラピカを押していく。
いつのまにか彼は全力を出していたのだろう。顔や手に汗が滲んでいる。
そんな様子を視界に入れながら、わたしはクラピカの腕を床にくっつけた。完全にわたしの余裕勝ちである。
「…………」
「……参った。私の負けだ」
「わたし、けっこう強いって言ったでしょ?」
「ああ……本当だな。まさかナナミがこんなに強いと思わなかった。その細腕のどこにそんな力があるんだ? 理解に苦しむ」
呆れたように苦笑するクラピカ。
ちょっとはわたしのことを見直してくれただろうか。
第三試合ではハンゾーがあっさりと勝利した。
ゴンのようには粘れなかったポックルさんは悔しそうだった。忍者、強い。
強いと言えばヒソカとイルミだとわたしは思う。
ヒソカは言わずもなが。だけどイルミことギタラクルの強さをよく知る受験生は、ヒソカ以外だと三次試験を共にしたわたしくらいかもしれない。
職業が暗殺者のイルミは、敵となった相手は殺してしまうような気がする。ちょっと怖い。
第四試合では、そんな不気味な強さを誇るヒソカと、クラピカが対戦する。
気を失ったゴンのことも気になるけれど、わたしが負かしたせいでヒソカなんかと戦うはめになったクラピカの試合も気になった。
全力で応援しなければと思う。
でも、魔法は使わない。クラピカにも控えた方がいいと忠告された。
そうじゃくてもクラピカは実力で戦って勝ちたいタイプだろう。
結果だけ言えば、ヒソカが負けて、クラピカが勝利した。
ヒソカがクラピカに何かを囁いてから、負けを宣言して去っていったのだ。
クラピカの目が一瞬だけ緋色の目になったように見えたから、幻影旅団か緋の目に関することを言われたのかもしれなかった。
ヒソカは何故それを知っていたのだろう。
クラピカについて話している時に、どこかで隠れて聞いていたのだろうか。
サバイバル生活の中で見た緋色の目について思い出す。
クラピカは幻影旅団のシンボルである蜘蛛を見ただけで昔を思い出してしまうらしかった。
その目は美しい色なのに、思い出は血に塗れているのだ。
(まただ……また、ぐるぐる考えちゃう……)
ここのところわたしは、クラピカのことばかり考えている気がする。
クラピカの未来が心配で、不安でたまらない気持ちになるのだ。
解決策なんて無い……クラピカの人生をどう生きるかは、クラピカが決めることだ――そう思うのに、わたしはどうやら彼の人生に干渉したいらしいのだ。
わたしは何様のつもりなのか……
最低だと思うのに、考えることをやめられない。
胸が痛くて苦しかった。
ゴンのいる部屋を探して歩く。
複雑な心境も、単純明快な彼と話せば少しはシンプルになるのではないかと考えた。
ゴンは素直で単純だからこそ、真理を突いてくるタイプだと思う。
見つけた控え室では、手当を受けたゴンがすやすやと眠っていた。
(ゴン……)
「治癒の神様のご加護がありますように……」
ほんの少しだけ魔力を込めて唱えると、淡い光がゴンに降り注ぐ。
それを見ながらわたしは近くの椅子に腰を下ろした。
「ゴン、あのね……」
独り言のように語りかける。
どうしたいのか分からなくて悩んでいることがあること。
考え出すと止まらなくて、ぐるぐると同じことを考えてしまうこと。
余計なことだと理解しているのに、その人の幸せを願ってしまうこと。
放っておくと傷付いて不幸せになりそうなその人を放っておけないこと。
話してみると、わたしは彼に幸せになってもらいたいと願うだけでなく、まるで自分の手で幸せにしたいと思っているようだった。
「わたし、もしかして……」
(好き、なのかな……?)
ゴンとキルアも大切だ。二人は可愛い弟のように思っている。
レオリオだってそうなのだ。口では悪ぶっていても、彼は優しい医者志望の青年で、大きい弟のように思っている。
(でもクラピカは……)
弟、というには少し違う気がした。
大切な存在だというのはみんなと同じでありながら、クラピカに関してだけ余計な感情が多いような気がする。
理知的でしっかりしているようで目が離せない存在。
うっかりすると死に急いでしまいそうで不安になる。
だからこそ目の届くところにいて欲しい。
幸せになるのをあきらめないで欲しい。
その可能性を捨てないで欲しい。
あの目が喜びに輝く姿が見たい。
笑っていて欲しい。
そばに居たい。
安心する。
(好きだから……?)
恋愛感情を飛び越えて、もはや家族に対する愛情のようである。
「いつの間に……?」
どうやらわたしは彼を愛しているらしい。
ものすごい事実に驚く。
それと同時に納得した。
わたしがクラピカの未来に執着して考えていたのは、そこに自分の姿が見えなかったからだろう。
本当はずっとそばにいて、支えたいとすら考えている。
だからあんなに怒ったのだ。
役に立ちたいと願っていたから……わたしの持つ力を無視しないで欲しかった。
スッキリした気持ちで試合会場に戻ると、そこは緊迫した空気に包まれていた。
キルアとイルミが対戦している。
今はまだ話し合いをしているようだった。
「イルミ、ギタラクルの変装やめたんだね」
クラピカに向かって話しかける。
自覚したばかりで少し気恥ずかしいけれど、彼から離れようとは思わなかった。
「ナナミはギタラクルがキルアの兄だと知っていたのか?」
「あの二人って兄弟だったの? そこまでは知らなかった」
「だが、変装していることは知っていたのだな……」
「うん。ねぇ、キルアどうしちゃったの? なんか変だよ。怖がってるみたい……あの二人って仲が悪いのかな」
兄弟なのに、とつい考えてしまうのは前世の影響だろう。
親兄弟だろうと不仲な者はいくらでも存在する。この世界は捨て子やスラム出身も多いのだ。わたしがそうだったように。
そもそもキルアは家出してきたという話だったから、それで話がこじれているのだろうか。
イルミは終始高圧的で、キルアに暗殺者の極意のようなものを説いている。
たしかにイルミの見た目や話し方は人形のようだけど、それがすなわち中身も人形だということにはならないのではないだろうか。
ましては彼のいう闇人形というものに、キルアは程遠いように感じられた。
イルミだって、自分の意思で暗殺業をしているのではないのか。
一朝一夕では身につかない身のこなし方から、彼のプロ意識は高いと思っていたのだが。
それとも、自分とキルアは別だと言いたいのだろうか。
なんだかんだと揉めたあと、キルアは憔悴した様子で負けを認めた。
彼にとって、初めてできた友達がゴンだったのかもしれない。
それを見捨てたような状況に追い込まれたことが辛いのだろう。
でもゴンを殺す≠ニ言ったイルミの脅し文句――殺気は本物だった。
引き下がるしかない状況だったのだから、キルアには自分を責めないで欲しいなと思う。
暗殺者であるイルミにとっては、わたしも友達では有り得ないのだろうか。
初対面での親切も気安さも、お喋りしながらカードゲームをしたことも、ただの知り合いから一歩踏み込むための動作だと思っていたけど違ったらしい……
それもまた、悲しい事実だった。
その試合が始まったあと、キルアが動いて唐突に試験が終わる。
ボドロさんを殺したキルアの反則負けだった――
本当に一瞬の出来事で……気付いた時にはボドロさんは絶命していた。
わたしの能力も役に立たない。
そもそもキルアがイルミに負けた時、癒しをかけておけば良かったのだ。心の傷を治すよう魔法で働きかけておけば、結果は違ったかもしれない。
ボドロさんは死なずにすんだかもしれない。
軽々しく人が死んでいく世の中なのがつらい。
この世界の怖さはこれに尽きる。
平和に暮らしていても、突如として事件に巻き込まれる。簡単に命が奪われていく。
もう何も失いたくないのに――
キルアが去り、最終試験が終了した。
残された受験生全員が合格となり、ライセンスの講習を受ける流れとなる。
そんな中、クラピカとレオリオが異議を申し立て、キルアの不合格やレオリオの合格について議論になる。
そんななか登場したゴンは真っ直ぐにイルミの元へ向かい、イルミに向かって謝罪を要求した。
キルアは、殺しなんてうんざりだと言っていた。
本当に家業に嫌気が差したのかもしれない。
それでも、彼の才能はすごかった。
早業だった。無理矢理やらされて得たスキルとは思えなかった。
あの常人離れしたイルミが認めるくらいに凄いのだと思うと、他人が口を出していい内容では無くなる気がする。
家に縛られてる人というのは一定数存在するし、そういう人はたいてい義務を背負っているのだ。
放り出すにはそれ相応の覚悟や代償が必要になるのだろう。
キルアはまだ12歳の子供だ。
だからといって後継者問題などが免除になるかというと、その可能性は低いだろう。
分からないことだらけでモヤモヤして、何も言うことができないわたしと違い、ゴンはどこまでも真っ直ぐだった――
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