――ゴーン……ゴーン……ゴーン………――
暗い暗い闇夜の今の、どこか遠くで打ち鳴らされている鐘がある。
その鐘が放つ重厚ある音の波紋が、この藩邸内にも控えめに轟いていた。
『年、まだ明けないのかな・・・』
さっきまで除夜の鐘を数えていたのだけれど……
いつの間にか数が分からなくなってしまっていたわたしは、
耳を澄ませてやっと聞き取れるような低い鐘の音が、
いつ年明けを知らせてくれるのかが分からずにソワソワしていた。
『そろそろかな?』
わたしは意を決し、部屋を抜け出して、
こそこそと足音を立てぬよう気を配りながら歩いた。
庭に沿って廊下を進み――あの人の部屋を目指す。
間近に見えてきたぼんやり明るい障子戸からは、
一筋の揺れる光が漏れていて……
廊下を横切るように延びるそれは、
かつて見慣れた校庭に描かれていた白線のように、
わたしのゴールを示していた。
終着点を目の前に、ふと何気なくその光のスジを辿った先は庭。
闇色で塗りつぶしたような庭の、建物に近い部分だけがほんのりと照らされていて、僅かに土の表情が見えるけど……その奥方には何の面影もない。
天と地の境目すら分からないほどの暗闇の中、
遥か彼方に佇む月だけが、冴えた色合いで優雅に輝いていた。
『今夜は星たちもお休みしてるみたい』
やっぱり年末年始くらいは休まなくちゃだよね……
年中無休じゃ誰だって疲れちゃうもの。
そんな事を考えたために、くすくすと漏れそうになった笑い声を噛み締めて堪える。
空高く、限りなく遠くにあるのは分かっているのに、
なんだか手が届くような気がして……
わたしは思わず手を伸ばしていた。
空へとかざした腕が寒さに驚いて、ほんの少し震える。
冷えきる前に引っ込めて、息を吐いて手を温めながら、しばらく月を眺めることにした。
「そんなところに居たら風邪をひいてしまうよ?」
フワリと掛けられた羽織物とその声に、
わたしがパッと振り向くと、
困ったような顔の小五郎さんが立っていた。
――相変わらず気配を感じさせない人だなぁ…――
そんな事を思ってジッと彼を見つめていると、
どうかしたの?と小首を傾げて問いかけてくる彼。
『………いえ、何でもありません。これ、ありがとうございますっ』
にこりと笑顔をさし向けながら…
――美人は何をしても様になる――
そう思ったわたしは、なんだか少し彼が羨ましくて、
同時に悔しいような……妬ましいような……
ちょっと複雑な気分だった。
小五郎さんは男性だけど、わたしなんかよりずっと綺麗。
もしかしたらそれ故に困る事もあるのかもしれないけど、
女の端くれとしては羨ましい限りだ。
できることなら半分でいいから分け与えて欲しいとさえ思う。
そしたらわたしは、不釣り合いだ、なんだのと見た目のことを
陰で言われることもなくなるかもしれないし……
そっと背中を支えられ、先を促すようにされながら…
わたしは小五郎さんと一緒に彼の部屋に入った。
――月が綺麗だったこと、言いそびれちゃった――
差し出された座布団の上に座りながら、
チラリと目線を上げてみると……
ゆったりとした物腰で腰を下ろす彼の姿が目に入る。
わたしはこの人の、こういう何気ない動作が好きだった。
見ていて心地良いし、ホッとする。
そして見習いたいなといつも心に思うのだ…
――そうだよね・・・――
外側は無理でも、内側を磨く努力をしよう。
何もしてないくせに、文句を言うのは間違ってる……
不釣り合いだと言われるのが嫌なら、
そう言われないように努力すればいいんだ……
外側だって、少しくらいは努力で変えられるだろうし・・・!
――うん。がんばろう……――
きっと……ううん、絶対に。認めさせてみせる!
何だって一生懸命やれば叶うはず。
やる前から決めつけちゃ駄目ダメ、わたしの馬鹿……
――来年の目標はコレに決まりっ――
そう思ったその時、
やや高く……今までよりも長く鐘の音が響いた。
『あ……』
「明けたようだね」
『小五郎さん、明けましておめでとうございます!』
「うん、おめでとう。今年も宜しく頼むね」
『はい!こちらこそ……ふつつか者ですが、宜しくお願い致します』
「おやおや、まるで嫁入り際の台詞だね」
『えっ…………』
「……いや、冗談だよ」
『なんだ、ビックリした〜……』
「…………」
闇夜に響く鐘の音に、それぞれ思いを馳せながら……
しっかりと今年の抱負を胸に刻む二人だった。
2011/01/01
明けましておめでとうございます!どうぞ今年もご贔屓に(笑)
小五郎さんとお正月を過ごしたい一心で…徹夜で書いてしまいました〜〜
年明け話☆Part.1です!
2013.05.21 修正55/64